(※「愛しさに消えた向こう側」の続き。Twitter限定公開)

プリンをデザートにモードレッドとお茶を楽しみ、後はどう一日を過ごそうかと考えていた時だった。モードレッドと他愛の無い話を交え食堂から出ようとしたところに、血相を変えて現れたのは花菜が唯一契約をしているサーヴァント――異世界のアーサー王ことアーサー・ペンドラゴン。アーサーは安堵の息を吐くや否や花菜の傍へやって来ると、そっと両手で包み込むようにして頬に触れた。ぱちりと花菜が目を瞬くと同時にむぎゅっと顔を揉んだり引っ張ったりを繰り返す。なんなのーっ、と花菜は声を上げるがアーサーは答えず、むぎゅむぎゅと触れ続ける。
そんなアーサーの様子を花菜の隣で見ていたモードレッドはかなり引いており、とうとう男の父上が壊れた……、とこぼした。程なくして落ち着いたのか、アーサーは頬から手を離した。しかし、明らかに様子はおかしい。暗い色をしたままじっと花菜を見つめたかと思うとふいと視線を逸らす。
モードレッドとのんびりと過ごすつもりだったが、急遽予定を変更した。頬を軽くさすりながらモードレッドを呼ぶと、察したのかへらりと笑った。

「男の父上あからさまに様子が変だし、傍に居てやれよ」

ありがとう、と礼を言い花菜はアーサーの手をとる。歩ける? と聞くと、アーサーは戸惑いつつも相槌を打ち、二人でマイルームへと向かい歩き始めた。
そんな二人の後姿を見つめ、モードレッドはやれやれと肩をすくめる。もし花菜を訪ねて来たのがアーサーやアルトリア達でなければすぐに妨げて追い払っていたところだ。親友の気持ちが以心伝心してわかってしまうのも困りものだと思っていると、突然、聞き覚えのある声に話しかけられた。

「モードレッド卿、花菜は食堂に居るか?」
「っ、ち、父上!?」

モードレッドに声をかけたのは反転したこの世界のアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴン。モードレッドは慌てて振り返り、どうなのだと尋ねるアルトリアに口ごもりながらも答える。

「え、っと……さっきまで一緒に居たけど、男の父上の様子がおかしくて、その……」
「つまりは入れ違ったか……惜しいことをした」

舌打ち交じりにアルトリアはつぶやくと食堂の中へ歩を進める。だが、途中立ち止まりふっと微笑むとモードレッドに視線をやった。

「今日は気分が良い。モードレッド卿、ともに花菜の大好きなプリンを食べないか?」
「――えっ、」

突然の誘いにモードレッドはきょとんとした色を浮かべる。食べるのか食べないのかどっちだとアルトリアは強い口調で問うた。既に一度プリンを食べてはいるものの、モードレッドは綻びそうになる表情を一生懸命引き締めながら、はいっ! と元気良く返事をしてアルトリアに駆け寄った。



マイルームへ着くまでの間、話しかけていたもののアーサーの心はここにあらずという状態だった。ベッドの縁に腰掛けてもらい、その隣に花菜も座る。それで? と目を伏せているアーサーに尋ねた。

「突然どうしたの? いきなり人の顔で遊ぶだなんて……」

本当に驚いたと付け足して花菜は小さく笑う。けれどもアーサーの表情は暗い。本当にどうしたのだろうと心配の色が濃く出始めた時、アーサーは結んでいた唇をゆっくりと開いた。

「――夢を見たんだ」

夢? と復唱するとアーサーは頷き、仮眠をとっていた時に見た不思議な夢の内容を語り始めた。

断片的ではあるが鮮明で、夢か現実かの判別を忘れてしまう程の夢(ものがたり)。花菜と瓜二つの少女と駆け抜けた、世界に仇名す戦い。
夢の中の少女とアーサーが作り上げた世界――異聞帯(ロストベルト)は昔、救済を願った祖国そのものだった。その世界を力により蹂躙し、駆け回り、良くはわからないがその地に大樹を根付かせ、そして治めた。束の間の平和を楽しみ、愛し、何者であろうと犯すことのできないその国に敵が現れ、破滅の一途と辿り始める。その敵が誰だったかは霧のようなものがかかりはっきりとは思い出せない。戦いの最中、少女はアーサーを庇って深い傷を負った。自己治癒も出来る状態ではなく、少女が倒れた時点で戦いの勝敗は決した。令呪の最後の一画を使おうとした少女の手を握る。三つ目を使ってしまえば、本当に互いの繋がりが消えてしまう。それだけは何としても避けたかったし、絶対に使わせたくはなかった。
唐突に映像は変わる。
瞬きをするなり次に瞳に映ったのは、先程とは違う映像。大きなベッドに傷を負った花菜に似た例の少女が横になっている。焦点のあっていない目を泳がせる少女の頬をアーサーは撫でた。マスター、と呼びかけて、花菜と同じ名前を呼び、今日だけは特別に願いを叶えると告げる。
少女の願いをアーサーは知っていた。世界の敵となった理由――願いは、ただ"生きている証"がほしい。そんな少女にアーサーは白亜の城を再現する前に言った。自分の願いを優先して叶えれば良い、と。しかし、それでは意味がないと少女は拒否した。アーサーの祖国を救い、そこで生きることにこそ意味がある――そう言って微笑んだのだ。だが、その世界も今や崩壊寸前で、轟音が響き、時折、部屋が揺れている。
ねがい? と問うた少女に相槌を打つと耳元に唇を寄せて囁いた。少女が生きたことを忘れない、と――……すると少女の瞳から温かな雫が頬を伝い、儚く、それでいて嬉しそうに綻んでいた。願いが叶った、と。
少女の願いは白亜の城で自由に生きることではなかった。"誰かの中でずっと生き続けていたかった"のだ。
微笑みながら少女はもう一つわがままが出来たと言った。今回だけだと前置きし、少女の唇に耳を近づけると、か細い声で言った。

「――、の……攻撃、なんか、で……死にたく、ない……よ、」

その意味をすぐに理解した。敵にやられたまま死にたくはない――マスターである少女の願いを叶えられるのは、自分しか居ない。下唇を噛むも、わかった、と返し聖剣を取り出し利き手柄を握る。ベッドの縁から腰を上げ、あいている手で少女の上半身を起こして剣の切っ先を胸にあてがう。アーサー、と呼び少女はふわりと微笑んだ。

「――だいすき」

その表情に、声に、目を細めると、少女の唇に自身の唇を押し当てた。同時に剣を少女の体に押し進めていく。剣をほとんど沈めたところで、少女の体から力は無くなっていた。剣から手を離し、アーサーは両手で少女を抱きしめる。マスターである少女の命を自らの手で奪った。
二度と味わいたくはない感覚――愛したものを失ったと知った悲しみ、やり場のない感情。熱が無くなっていく少女の体を抱きしめながら、アーサーは囁くようにある言葉を告げた――。

ここで目が覚めたのだと結び、アーサーは静かに深呼吸をした。まるで本や映画の話のような、けれどもどこか現実を帯びた内容に花菜は少し考えてしまう。
あの時――人類最後のマスターの一人となる前のことを思い出す。カルデアへは推薦枠で呼ばれていたが、家庭内の諸事情等々により返答を遅らせ続けていた。その為、全てが落ち着いてカルデアへ訪れたものの、雪と風の影響で移動手段が遅れたこともあり一番最後の到着だった。道案内役も居らず彷徨っていると、女性の怒鳴り声とともに部屋の外へ放り出された藤丸立香に出会った。その場で鉢合わせしたのは立香を叱った女性――オルガマリー・アニムスフィア。事情は良くわからないままに立香を庇ったのだが、オルガマリーの怒りが飛び火し、ともにカルデア(ここ)から出て行くようにと言われた。そうして何かの縁と運により様々なことがあり今に至るのだが、もしカルデアからの誘いを断らずにすぐに行っていたら、アーサーの夢に出てきた自分とそっくりな少女――クリプターやAチームなんてものは良くはわからないが――と一歩間違えれば同じことをしていたかもしれない。

「アーサー」

未だ暗い色をしているアーサーの両頬を、両手で包み込むようにして触れる。しかしすぐに、顔を揉んだり引っ張ったりを繰り返した。

「な、に、を……するんだ、マスターっ?」

むぎゅむぎゅと触れ続けるも、手の動きは唐突に止まる。

「もし、わたしが悪い方へ――道を誤ってしまったら……アーサーに正してほしい」

話に聞いた夢の中の少女のように、世界に仇名すことをしようとを自分が成そうとした時は、立香やマシュの誰でもない、アーサーに止めてほしい。そして間違いを正してほしい。

「アーサーにしか頼めない、わたしの願い」

お願いできますか? と付け足し頬から手を離す。アーサーは一瞬目を伏せたものの、わかった、と返事をした。

「君がもし道を間違え世界に叛きそうになったら――その時は、僕が全霊を持って正そう」

ふっとアーサーの瞳に強かな光が戻る。

「マスター……否、花菜。僕からも一つ頼みがある」

首をかしげる花菜にアーサーは続けた。

「もし僕が道を間違え世界に叛きそうになったら、その時は――君に止めてほしい」

もちろん断る理由はない。花菜は頷くと、アーサーから手を離して胸を張った。

「まかせて。その時はガンドを食らわせてでも正気に戻してあげる!」

予想外の言葉に面食らったものの、アーサーはふき出した。ひとしきり大きく笑った後、なぜ笑われているのかわからないといった色をしている花菜の両頬をアーサーは両手で包み込むようにして触れる。疑問符を浮かべる花菜の額に、アーサーは自身の額をこつんと当てた。

「ありがとう、花菜。心配をかけてすまない。もう大丈夫だ」

朗らかな笑みを浮かべるアーサーを見て、花菜の表情も自然と緩む。

「花菜、僕は一人の騎士として――これからも君の傍に居ても良いかい?」
「もちろん。これからもよろしくね、アーサー」

互いに瞳をあわせるなり、二人はふわりと微笑んだ。


その一瞬が永遠になる時
(今を、未来を、共に手を取り歩むことを此処に誓おう――)

愛子||180528
再掲載||200217(title=空想アリア)