やさしいプレーナイト


愛する彼にひと目でも見られる機会が、可能性があるとすればだ。全身抜かりなく、常に一番美しい姿であるべきだとナマエは思っている。
勿論彼に完璧な姿を見てもらいたくはあるが、それ以上に自分のモチベーションに関わることである。彼女にとって惨めな姿で彼の前に現れることは死ねと言われているのと同等だ。誰よりも美しい自信があってやっと彼の隣に立てる。
相変わらずナマエはアズールに関して常に全力である。
彼に貰ってすぐの、華奢なピンクゴールドのブレスレットをつけて、心からの愛を叫ぶ。

「さあ、愛しきアズールのもとへ!」

♥


「相変わらずですね」
「アズール!今日はお勉強大丈夫なの?」
「ええ、少し早めに終わりました。打ち合わせも特に問題なかったので存分に構ってあげますよ」
「今日はなんて素敵な日なの!大好きよ!」
「はいはい、ところで、そのブレスレットはこの前のものですね」

ナマエがアズールに飛び付いて、ブレスレットが揺れる。
控えめで上品なピンクゴールドは、彼女の細い手首によく似合っていた。キラキラと、室内灯に反射してチェーンが光る。
両手をするりとアズールの首に回して、ナマエは微笑む。
彼女のファンであれば泣きついて写真を取りたがるほど、出来上がった美しい顔だ。

「そう!今日はこれを着けたい気分だったの。貴方ってばやっぱりセンスもいいのね、お客様にいっぱい褒められたのよ」
「それは良かった。誰に貰ったか、尋ねられなかったですか」
「聞かれたけど、アズールを好きな人が増えたら嫌だもの。大切な人から貰ったのよって答えたわ」
「フフ、お利口ですね」

ナマエはアズールの目を見つめる。蕩けた顔でウットリしている様は彼にしか出さない表情だ。
彼女が大勢の前でアズールに愛を語る姿を見たいものだと彼は思った。きっと幾人もの人魚は悲しみにくれ、彼に怒りを抱くだろう。
でも彼女は決してアズールのことを外で喋ったりはしない。
ナマエはアズールと取られるのが怖くてたまらない臆病者で、アズールもまた自分以外にナマエを渡す気など更々ない。
彼女にこう言えば、すべてはうまく行くのだ。

「好きですよ。僕の言うことをきちんと守れる良い子です。可愛いナマエ」
「かっ…かわ、かわいい…嬉しすぎて言葉が出ないわ…」

彼の思惑に気づいているのかどうかはわからないが、ナマエはアズール限定で、褒められたり好きだと言われると、それだけで天にも昇るような気分だった。ファンの男性に、君は何より美しく愛らしいと言われたときの真顔は見る影もない。
ちなみに、アズールが近くいる時は誰かに何か声を掛けられると微笑むようにしているが、そうでない時は基本真顔だ。双子はそれをニヤニヤして見ていたし、アズールにもバレているが、もはや癖のようなもので治りようがないのだ。

「今日のワンピースはそれに合わせてきたのですか?」
「そうよ。貴方に会いに来る時はいつだってベストでありたいもの。ピアスは一昨年貴方がくれたものよ」
「随分状態がいいですね。何か魔法を使っていますか」
「あっ…そうよ、魔法でもらった時のまま保存してるの…。ねえ、耳を離してくれないかしら。触れられているところが熱くってたまらないの」

潤む瞳でアズールを見つめる。彼女のこれは大変色仕掛けに有効だ。余程嗜好が変わっている男でなければ大抵は落とせるだろう。勿論アズールはそんな用途に使わせる気は一切ないし、こんな顔を見せるのは自分だけだとよく知っている。丁度中学生になった頃、彼女を意識するようになってときめいた時もあったが…今となってはこの顔がスタンダードと言ってもいい。もはやそういう顔だと認識していた。どうしようもないと呆れる反面、彼女は決して変わらず側にいる安心感があった。

「離さないとダメですか?僕のこと、好きでしょう?」
「…っ、だからっ、だからダメなのよっ!溶けてなくなるわっ」
「フフ、アハハハ!離してあげますよ。このままだと茹で上がってしまいますし」

ナマエはへなへなと床に座り込んだ。顔を手で覆ってはいるが、はみ出ている耳が真っ赤だ。
彼女はアズールにこういったことをされる耐性がない。
普段ステージで際どい衣装を着こなし、美しい男とセクシーに踊り、いろんな人物にキスやハグをされても平気な顔をしている。
アズールは衣装を見た時はひっくり返りそうになったし、今だに知らない男と踊っていたことは割と根に持っている。キスやハグは半分仕方がないとは思うが、それでも慎みというものが足りない。
何故そんなこと平気でできるのかと半ばキレながら聞いたこともあった。その時彼女はキョトンとして、ごく当たり前のように言ったのだ。アズール以外はゴミみたいなものだから、特に何も感じないわ、と。
アズールは間違いなくナマエは狂っていると思った。だが、今更手を離せるわけがないのだ。
彼女の無神経さに腸が煮えくり返るような気分になる時がたまにあるが、自分のすること一つでこうも真っ赤になる彼女を見ていると、溜飲が下がる。

「僕は、ナマエが来てくれること、嬉しく思っていますよ」
「私はアズールと居られるだけで幸せよ」
「今度また二人で出かけましょう。ナマエに似合う新しいアクセサリーを贈りますよ」

そういってアズールはナマエの頬を両手で包む。親指で頬を撫ぜるようにすると、下がりかけていた熱がまた戻って来た。

「はうっ…好き…だめ…」

アズールの手を掴んで止めさせるが、今度は手を握ってしまったと更に赤くなる。ナマエはいつもアズールのペースに飲まれる。
そんな彼女にアズールは額同士をつけて、トドメを刺した。

「ナマエ、今日も美しいですよ」




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ツユシグレ