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「誰もいない…?」

この日、どうも様子がおかしかった。
ナマエがここへ来る日は、来る前に連絡を入れて、いつも誰かが鏡のある部屋で待っている。
いないとしてもすぐに迎えに来るのに、今日は違ったのだ。

「どうしたのかしら…」

「やめろおおおおおおおおおおお!!!」

「っ!!アズール!?」

ナマエは大慌てで部屋を飛び出した。
部屋を出るなと言われていたが、それどころではなかった。
彼があんな風に叫んでいる姿など、数える程しか見た事がない。きっと何かよくない事が起きている。

「この部屋ねっ!!」

ナマエは自分の耳を頼りに部屋を探し出した。
そこにいたのは明らかに違う寮であろう二人と、様子がおかしいアズール。
不自然な砂がさらさらと舞っていた。

「ゲッ!女の子!?」
「アズール!何かあったの!?」

知らない二人が目を見開いていたが、ナマエはそれどころではない。
アズールが感情を、魔法をコントロール出来ていないのを肌で感じていた。
些細な変化でさえわかるからこそ、これは相当マズイ事がわかる。

「ああ、もう全てがパァだ!!なんてことをしてくれたんだ!!!!!アレが無くなったら僕は…僕はまた、グズでノロマなタコに逆戻りじゃないか!」
「アズール…?落ち着いて、アズール。あなたはそんな人じゃないわ!大丈夫、大丈夫よ」
「お前に何がわかる!?」

宥めようと近寄ったナマエの手を、アズールは振り払った。
ナマエはショックで固まる。昔は近寄る事を鬱陶しがられる事があったけど、振り払われたことなんて一度もなかったのに。

「お前はなんでも出来るじゃないか!!」
「そんな事ないわ!!アズールがいてくれたから、私は…!」
「うるさい!!!僕にお前は必要ない!!!!」

時が止まったように感じた。

私は…、必要ない?アズールにとって邪魔でしかなかった?
今までくれた言葉も嘘だった?あの二人と違って、足手纏いだった?

「ちょ、アンタ危ないっスよ!」

最後の記憶は、背の小さい方の男の子がこちらへ駆け寄る姿だった。

♥


「ナマエ、今日も15時からパーティがある。きちんと用意しておくんだよ」

ナマエの父は有名な資産家だった。母は彼女を産んだ後亡くなり、代わりの母が出来たが、彼女はナマエを目障りに思っていた。
いつも父は継母を連れてパーティへ行く。そしてナマエは牢獄へ入れられるのだ。

ナマエは美しい子供だった。
パーティへ来る客はいつもナマエを褒める。水槽へ隔離されたナマエを。

父は自慢そうに話すし、この時ばかりは継母もナマエを褒める。
だが、ナマエはそれを水槽越しに眺めるだけだった。
寂しい、苦しいと言ったところで聞き入れては貰えず、これじゃ観賞魚ね、と嘲笑った。

父はパーティ以外の時は、必要最低限ナマエを外へ出す事がなかった。
いつも鍵を肌身離さずいるよう言い聞かされていた。
この鍵は、家の鍵ではなく飼育水槽だとナマエは思っていた。
ナマエが誰にも奪われぬように、専用の鍵はナマエ自身しか持っていない。父がノックすると鍵を開けて、食事をもらったり、パーティへ連れて行かれる。
ナマエが鍵を無くしたといえば、父はたいそう怒った。殴る、蹴る、叩きつける。継母はそれを面白そうに眺めるだけだ。
そして怒りが収まると、これはナマエを守るためだから、絶対に無くしてはならないと諭す。

嫌だった。逃げ出したかった。

でもどうすればいいのか、ナマエはわからなかった。
先生に言う?資産家の父に何を言うというのだ。むしろナマエがおかしいと言われるかもしれない。
友達に言う?友達なんかいない、皆ナマエの見た目とお金に寄せられているだけだ。

苦しい、苦しい。
水の中にいるのに、陸に打ち上げられたかのような息苦しさだった。

十二歳になる年。その時にナマエの小さな世界は広がった。

昼休みに、周りの子供たちの騒がしさから逃れるために図書室に行った。
普段は周りの女の子に囲まれてお喋りをしているけど、どうも気分が浮かず、一人で本を読みたいと言って抜けた。
お気に入りの本を探す。ナマエにとって本は唯一自分が自由に渡り歩ける世界だった。
童話も、論文も、魔道書だって、誰にも邪魔されない幸せな世界なのだ。

図書室に来たのは久しぶりだった。来る時間がなかったから今日溜まったストレスが出てしまったのかもしれない。
目当ての本を探していると、タダでさえくらい角の方に、しがみつくように魔道書を読んでいる少年を見つけた。
彼が開いているそれは、今しがた探していたものだった

「…あなた、その本終わったら貸してくれない?」
「……。君はナマエ・モルガナイトだろ?なんでこんなところに」
「本が好きなの。皆はおしゃべりが好きだから中々来れないのよ」
「…君は皆に言われるから行動するの?自分で考える頭もないんだね」

アズールは嫌味を言ったつもりだった。勉強の邪魔であったし、特に彼女みたいなヤツは嫌いなのだ。
どうせすぐに泣くか教室に逃げるかするだろうと思って顔をみれば、ナマエの顔は輝いていた。

「そう、そうなのよ。私、好きにしたら良いんだわ」

プツンと、ナマエは何かが切れる音が聞こえた気がした。

それから、休み時間は毎日図書室に通った。
毎度アズールの隣に座るものだから、彼はイライラしていたけれど、たまにするナマエの助言は的確なものだった。
こんな見た目で頭は切れるのだな、と思われているとは知らず、隣で本を読んで、手が止まると助言をして来る。
たまに、意見の交換と称した雑談をしたりもした。
クラスの皆からナマエはヘンになったと言われたが、ナマエは気にせず通う。
そんなある日。

「そういえば、君は家にもたくさん本があるんじゃないの」
「あるわ、沢山ね。でもあそこは嫌いなの」
「どうして?君は本が好きだろ」
「あそこは…私の牢獄だから」

ナマエは初めて自分のことを話した。
今まで誰にも話したことはなかった。自分の気持ちを理解できるとは思わなかったし、これ以上自分の心を閉じ込める存在を増やしたくなかったからだ。何より、信じてくれるとは思わなかった。
でもどうしてか、彼なら、わかってくれるのではないか、信じてくれるのではないかと思ってしまった。

話し終わってから、後悔した。
なんで、どうして、今まで、話したことなんてなかったのに。ついに言ってしまった。もしかしたらもう、話してくれないかもしれない。
震えるナマエの手を握って、アズールは言ったのだ。

「今は、…今は、無理かもしれないけど、僕は試したい魔法があるんだ。うまくいきそうなら、君の部屋に迎えに行く」
「!」
「そしたら、上手くいったら…放課後一緒に勉強したり、遊びに行こう」

アズールの笑顔はとてもぎこちなかった。その下手くそな笑顔が、なぜかとても綺麗なものに見えたのだ。

ナマエは泣いた。クラスの皆に心配され、帰れば父になんて顔をしているんだと折檻を受けたが、そんなことどうでもよくなるくらい幸せだった。
アズールはきっと私に会いにきてくれる。
その瞬間から、アズールはナマエのかみさまで、王子様で、絶対になったのだ。



「私は…いらないの……?」




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ツユシグレ