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「さて、落ち着きましたね」
「ごめんなさい…」
ナマエの顔は見れば泣いた後だとわかるほどボロボロだったが、痛々しさはあるものの、醜さは感じられない。ナマエの生まれ持った富の一つだとアズールはしみじみと思った。
「二人に会う前に、ナマエ、あなた約束を破りましたね」
「あっ…」
「契約違反です。罰は…また考えておきます」
そう言ってアズールはナマエの手を取って立ち上がらせた。
二人に会うことだって恐ろしいのにさらに契約違反の罰ときた。人生で一二を争う恐怖が待っているのではないかとナマエは青ざめる。
アズールは楽しそうに笑って、例の鏡の元へ赴いた。
「…心配かけてごめんなさい」
「やっと来たんですね」
「ほんとちょ〜迷惑!ナマエいねーからイライラするし」
鏡を跨いですぐに、双子に囲まれた。
ジェイドは頬を引っ張り遊んでいるようだが力加減が全くなく、本気だ。フロイドは後ろに回って抱きついて来たが、ちょうど鳩尾に拳が当たって痛い。これは相当恨みを買ってしまったとナマエは震える。
「オレたちアズール送るためにすげー頑張ったからご褒美ちょうだい」
「そうですよ。全部丸投げでしたからね」
二の腕を抓られたり、耳に噛り付いたり、横腹を摘まれたりと散々な目にあった。ナマエで遊ぶ二人は心底楽しそうだ。
連絡も無視して、鏡を裏返したのは自分だから強くは言えないが、流石に服に手を突っ込んで腹を摘まれた時は悲鳴が出た。三人ともニヤニヤとするだけで誰も止めてはくれないし、ナマエが擽りに耐えているときは全員でかかるというとんでもないチームワークを見せる。こういうところがあるから彼らを敵に回したくない。
ナマエが息も絶え絶えになってるのを他所に、ジェイドはお茶を入れフロイドはソファーにナマエごと寝転がりアズールは椅子に座って何やら分厚い本を読む。それぞれが日常へ戻っていった。
やっと落ち着けるとナマエが遠い目をしているとアズールがふと、思い出したのように声を上げる。
「そうだ、今度――――」
事件からだいぶん経ったが、ユウたち一行はアトランティカ記念博物館に写真を返しに来ていた。
本当は直ぐにでも返すつもりだったのに、アズールたちにどうも
ジェイド、フロイドと見慣れた面子がオンボロ寮へやって来て、博物館に案内される。
現地にアズールがいるということで、ゾロゾロとやって来たのだが、博物館に着くと健康そのもののアズールの後ろに、何やら見覚えのある人魚が一人。
「みなさん、ようこそアトランティカ記念博物館へ」
「あのー…後ろの子は?」
「ああ、ナマエ」
挨拶をしろと、ナマエは軽く背を押された。アズールからユウについては聞いている。
どうやら一目置かれているようで、ナマエはユウが新しくできたライバルではないのかとドキドキしている。それが少し顔に出て、眉間にシワが寄っているものだから迫力があるのだが、アズールや双子たちはニコニコと気にしていないようだ。整った顔なだけに、真顔は人形のよう、笑えば花開き怒れば子供は泣き出し裸足で逃げるような形相になるのを知っている三人にとって眉を顰めて眉間にシワぐらいだと可愛いものなのだ。
そんなことを知らないユウはなぜ自分は睨まれているのかとドキドキしていた。
「…ナマエ・モルガナイトよ。アテナのリーダーを務めているの」
「ここらで一番のミュージックレストランなんですよ。彼女の歌は一級品ですから、皆さんも機会があれば聞いてみると良いですよ」
「オレ知ってる!マジカメで超有名な店じゃん!」
「綺麗な人ですね〜!あ、ユウです。こっちはグリム。アズールさんとナマエさん仲良しなんですね」
「そっ、そうかしら…そう見える?」
「え?はい、見えますけど…?」
ナマエは頬を染めて、手で押さえている。その様子は大変可愛らしいが、見ていたアズールたちはちょろいな、これは仲良くしたいと言い出すぞと目配せをしていた。仲良くするのは構わないが、それは最低限でいい。これ以上彼女の支えを増やしてはならないのだから。
さっきまでの態度はどこへ行ったのやら、ナマエはユウの腕をとって泳ぎだした。ユウは肌の露出にドギマギしていたが、ナマエはナマエで滅多に見ない完全に尾ビレのない人間に興味を持っていた。
後に続くようにアズールたちも進み出す。解説をアズールがして、たまにナマエが小ネタを挟む。ユウたちは二人の息がピッタリなことと、どちらも勤勉であることはわかった。
博物館は光がキラキラと反射して美しく、ナマエの尾びれや髪もきらめいていて、スポットライトに当たりながら歌う姿はもっと美しいのだろうとユウは思った。
ナマエはユウたちにヒレのない人間たちの話を聞いて、嬉しそうに笑っている。
同年代で、アズールたちのことを危惧せずに話せる人はあまりおらず、幼い頃遠足に行ったときのようだとはしゃいでいた。ちゃっかり連絡先も渡している。
アズールはたまには、息抜き程度であればいいかもしれないと思った。ナマエも幸せそうにしているし、アズールたちといればユウ達人間とも気軽に話せる。あまり仲良くなるようだと釘を刺さねばならないが、こちらできちんと見ていれば問題ない。
アズールがそんなことを考えているとは知らず、ナマエはたまにユウや他の面子をアズールに呼んでもらおうと考えていた。特にジャックのような獣人は気になる。自分の世界を広げる一端にもなるだろうし、もしかしたら今度こそちゃんと一人で立って、アズールやジェイド、フロイドに心配や迷惑をかけないようにできるかもしれないと意気込んでいた。その時は絶対邪魔が入るのだが、ナマエは気付いていない。
横に並んだジャックに、水に濡れる感覚は、人と同じなのか、耳はどうなっているのかとナマエが絡んでいるのを見てユウは苦笑いをした。
ジャックはか細い肩や腕をみると強くは出ることができなかった。
なんだかんだ、勤勉なジャックとナマエは気もあって、まだぎこちないが仲良くしようとはしている。
ユウたち一行と仲良くなれた自覚はあるし、他種族とも話せてナマエは上機嫌だった。
きっと私今度こそ上手くできる気がする!と喜びが隠せず、ウキウキと話しかける。
「今回は私も迷惑をかけてしまったもの。今度みんなにご馳走するから是非きてね」
「ありがとうございます!」
「やった!」「っス」
いくらアズールのことを知っていて、気兼ねなく話せる数少ない人間だとしても、少し仲良くなりすぎなのではないかとアズールは頭を抱えた。