prologue


一話 アザレアは見ている
二度目の死は大変呆気ないものであった。

1度目(、、、)があったからこそ尚のこと呆気なく感じたのかもしれない。
一度目は、所謂不慮の事故に巻き込まれる形で、走馬灯とういうものはこういったことを言うのだなと感慨深く思った。
走馬灯には大切な人たちの顔、思い出、物がそれはもう脳裏に焼きつくと言う言葉にふさわしく、はっきり思い出せたし、残り続けていた。

そう、残り続けたのだ。別の生を受けて。

二度目は何とも息苦しい生であった。
小さい頃から毒親と呼ぶに相応しい親に育てられ、望む通りに生きているように見せた。
愛は過剰なほど受けたが、歳を重ねるにつれ子供へではなく都合の良い駒への愛情に変わった。

だが、問題はこれといってなかったのだ。

私自身、彼らを本当の家族と理解はしていたけれど、心の何処かで所詮血の繋がった他人であると認識していたのだろう。
ただ、私がされるがままである故に弟たちは苦しむ羽目になったのだ。
最後に、可愛い弟を助けられただけマシと思うべきか、命を永らえさせたことで更に苦痛を与えたと悔やむべきか…。


『首をはねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)』!!
「ふぎゃっ!?何じゃこりゃ!?」



まあ今となっては終わったことである。
さて、一度目の死を受理されなかった私についに二度目の死が訪れた。
二度目は果たして受理されるのか?それとも三度目になるのか?


「この者のあるべき場所はこの世界のどこにも無い……無である」
「なんですって?そんなこと有り得ない!ああ、もう今日はあり得ないことのオンパレードです。開かない扉が出て只でさえ対処を急がねばならないと言うのに」




ガコッ


答えはどちらもNO。二度目の死は何処かへ行き、そのままの姿で息をしている。

*


目が覚めたのは見たことのない場所。
周囲の混乱が手に取るようにわかる。周りが混乱すればするほど冷静になるのは最早性分である。
大勢の歳が離れていない男性集団。明らかに周りと差別化されている者が数名。
教育機関、もしくは軍事施設といったところか…。

ナマエ・ブラックは立ち上がって服の皺を払う。もはや身に染みた癖で、自覚無く他人に綺麗好きと称される一部だ。
家名の通り漆黒で少しカールしている毛先が揺れる。長いまつ毛に瞳は愛する弟と同じグレー。
その顔は一族の例に漏れず美しい。

ただ彼女はぬいぐるみを着ているような感覚で、更に十数年付き合ってきたせいで割と飽きてきている。見た目など二の次だ。
初対面の人間には割とこの顔は有利に働く。逆にそれ以外のメリットは少ない。精々この顔が好きな人間から情報を聞き出すくらいだが、それくらいのお遊びでさえ許されなかった。

美しい少女は一途である。そうであることが義務のようであった。
そして表情筋は殆ど仕事をしない。

「じょ、女性!?」
「なんです、男に見えるとでも?」
「貴方が女性に見えるから困っているのですよ!ここは男子校です、なぜこんなことが…」

ナマエは冷静沈着で動揺しないと言われていたが、その実色んなことが起こりすぎて図太くなっただけである。
弟が悪戯で教師にクソ爆弾を投げても一切動じなくなった。そして少しすると無言で考え出す。あの時は弟を庇うなんて以ての外。長い物には巻かれろとまではいかないものの、寮で虐げられるのは少々面倒だった。

今回もいつも通り真顔で周囲を眺める。どうすることが正解か。

どうも私以外にも立て込んでいるらしい。
現状把握はしたいが、外野が多すぎる。
男子校、ということは私がイレギュラーであることは間違いない。

そしてもう一人、目の前の小柄な男子。彼も私と同じ立場では無いのだろうか。

「まあ、何にせよ私は頭を整理したいです。そこの彼も、同じに見えるが」
「…そうですね、場所を変えましょう。彼の出身も調べねばなりません。日本と言いましたか?」
「はい…」

日本。もしかしなくとも同じ(、、)である。ただ生を失くしてきたのか、そのまま来たのか。
前者ならともかく、後者はマズイだろう。
帰れるべき場所があるのに戻れないのは何より辛い。


三人で長い廊下を歩く。会話もとりあえず今はお互いの名前、図書館へ向かっているという事だけ。
開口一番に殺される世界ではなく、どちらかというと穏やか、悪く言えば能天気、お気楽な世界といったところか。そんなことを考えながら、ナマエは話しかける。

「日本か」
「ええ、そうです…。貴方も日本人ですか?何だか、その、髪以外はそうとは思えないのですが…」
「イギリス生まれのホグワーツ出身。わかる?」
「ホ、ホグワーツ!?!?あの!?」
「そう。英雄が擦った揉んだする分厚いおとぎ話の」
「エッ!?」

小柄な日本男子ーーーーユウが目を白黒させる。
何と表情に出やすい子だ。どういうことか、というのが顔にデカデカと書いてあるようだ。

「お二人の出身はお互い把握できているということでよろしいですか?」
「はい」「一応…」

同じタイミング、顔見知りでないが、出身の把握はできる。つまりは此方へ来た何らかの原因(、、、、、、)があることは明確である。
ちなみにこの時ユウはナマエの座り方をみてもしかしなくともお嬢様ではと思ったし、何なら自分の妄想ではと思っていた。

「こうなってくると貴方方は別の惑星、あるいは異世界から招集された可能性が出てきましたね」
「宇宙人!?」
「……」

薄々思っていたがもしやユウは天然、もしくは…いや、やめておこう。

学園長はその手に理解があるようだ。まるで日常茶飯であるかのようだ。
それを知る術すら今は持っていないが。
帰れるかどうかは兎も角(帰ったところで死ぬ可能性も高いが)、魔法の類でここに呼ばれたのだとしたらできれば解き明かしたい。非魔法族であった記憶があるせいで、ナマエは必要以上に魔法の勉強に熱心だった。
彼女の弟はどちらかというと熱心というより狂ってるよな、そう親友に話したそうだ。

「身分証明になるようなものは?…貴方は見るからに手ぶらですけど」
「見たまんまです…」
「私は少しであればあります。今出せるのは魔法省公認の危険魔法具取り扱い許可証と魔法植物鑑定士証、あとは魔法薬学特別研究許可証。他は基本厳重保管だからそれくらいです」

杖を一振りする。
ユウは瞬く間に喜色満面となり、彼のお気楽さに少しの心配と、多大な安堵を覚えた。
不安要素が多くとも、こんな些細なことで喜ぶことができる子ならきっと上手くやれる。
正直言って自分がどうなろうがなるようになれといったところだが、彼は見た目通りの純粋さで、巻き込むのは忍びない。

「ふむ…なるほど。では貴方は後に処遇を決めるとして…魔法を使えない者をこの学園に置いておくわけにはいかない。しかし保護者に連絡もつかない無一文の若者を放り出すのは養育者として胸が痛みます。私、優しいので」

何とも嘘くさい。

*


結局彼は使われていない寮に住むこととなるようだ。
そして彼に諸々の説明をする間、他の人が詳細について聞くので待て、と言われた。

待ったのは数分であったが、その間弟たちを案じた。
庇ったはいいが、その後すぐに殺されてはいないだろうか。
もう一人の弟は、私の死をきっと悔やむだろう。もし生き残れたとして、兄弟喧嘩していないことを祈るしかない。
謝ることすら今の自分には出来ないのだから。

自分はどうするべきか、整理しようと思った矢先、目の前の扉を開けたのはそこそこガタイの良い男だった。

響く足音の間隔、ノックの合間に大きさといい、随分と自分に自信がある人だろう。
そういう人は大抵自分にも他人にも厳しい。そして一定のラインを越えれば認められる。
彼のような教師がホグワーツにいたのなら、女子生徒で前席が埋められるだろうな。
そんなことを考えながら挨拶のため席を立った。

「デイヴィス・クルーウェルだ。大体の話は聞いたが…兎も角聞きたいのはこれだ。魔法薬学特別研究許可証、この下段に魔法薬学補佐教員として勤務と書いてあるが、その歳でか?教える立場であるとは思えん」
「ナマエ・ブラックです。一応教員資格もあります、飛び級を二回しているので。ただ仰る通り歳だけ(、、、)がどうもご老人達のお気に召さなかったらしい。文字通り魔法薬学の先生の補佐をしていますよ」
「魔法植物鑑定士証には聞き慣れない物ばかり並んでいるが…本当に魔法は使えるのか、魔法薬学師として使い物になるのか…試させてもらう」

それから簡単な魔法を見せ、魔法薬学の種別や効果等、お互いの知識を擦り合わせる事となった。
ナマエも一研究者であり、どうも似た効能の薬が多かったり、かと思えばこちらでは存在しない薬があったりと随分話し込んでしまった。
10分経つ頃にはクルーウェルは専門書を四冊とメモ用紙を、ナマエはポーチを杖で二回叩き、持ち歩き用の魔法薬を取り出していた。お互いにデスクにメモを散らし、頭を付き合わせああでもないこうでもないと議論した。
そして1時間後には魔法薬とそれに関連する呪文についての話へ変わって、もう30分立つ頃にクロウリー学園長に止められた。

無事ナマエはオンボロ寮を管理補佐(という名の宿ではあるが)と、前と同じく魔法薬学助手となることが決まった。

「あ、そうそう。貴方の制服も用意させていただきます」
「ああ…あまり露出が多いとややこしいですからね…。旦那は置いてきてしまったからなぁ。クルーウェルさんにでもしておくか」
「有言実行であるなら喜んで。躾も吝かじゃない」
「貴方たち…仲が良いのは結構ですが冗談もほどほどにしてくださいね。とりあえず今日のところは私が寮にご案内します」
「お願いします」
二話 孔雀草が笑う
おかしな所へ飛ばされてから二日目。

掃除をしたとはいえ、長年放置されているベッドで寝ると体のあちこちが痛い。
向こうで使っていた(使わされていたが正しいかもしれない)天蓋付きベッドは良いものであったらしい。

支度を終えて、ユウの部屋を訪れる。
ナマエは消音呪文を使って早々に寝たが、ユウは昨日どうもドタバタしていたようで、少しクマができている。
お互いにどうやってここへ来たのかユウの部屋で話し合うつもりが、あまりの汚さにこちらに来てもらうこととなった。
とりあえず昨日”清めよ(Scourgify)”で許容範囲まで汚れを取り、なんとか本来の役目を果たせそうなソファにユウを座らせる。

紅茶を入れている間、ユウは自分の部屋の差に驚いていた。
抜けそうだった床は跡形もなく、埃もない。
魔法とは便利なものだ…グリムも進んで手伝ってくれればと考えたが、そもそもツナ缶がないと見向きもしないだろう。

「はい、君の分」
「あ、ありがとうございます」
「昨日は災難だったね。私はこの後クルーウェルさんのところへ行くから手短に話すよ」

*


驚くほど接点がなかった。
同じ日本にいた、ということ以外ナマエとユウには似た点などなかった。
日本にいたというだけでここに来ているのなら、他にも誰か来るだろう。
ということはここへ来た原因を探るには片っ端から当たらないといけないということだ。

「というわけで、まあ貴方の手伝いをしながらのんびり探しますよ」
「こちらも使える仔犬は多い方がいい。昨日渡した分の資料は覚えて来たか」
「あれくらいなら。こちらにも似たようなものが多い分覚えやすかったですよ」
「なら明日にでも準備に入れるな?」
「もちろんです」

彼の手際はすこぶる良い。
助手がいるのか疑問に思ったが、あれにもこれにも手をつけられると嬉しそうだったから良しとしよう。
ある程度準備と授業の様子を見させてもらい、途中から手伝いも始め順調と言ったところか。
ナマエは「グッドガール、これは褒美だ」と頭を撫でられた後キャンディーをもらったが、どうも犬扱いであることに微妙な気持ちになった。

「今日の午前はこれで終わりですか」
「そうだ。餌の時間があるからな。お前も行って来い、残りの時間はこれを覚えるのと図書室で調べ物だ」
「はぁい。では失礼しますね」

両手に資料を重ねられ、ナマエは部屋を出された。
とりあえず一度どこかへ資料を置いて、杖を出して浮かせるか。
そう思いながら廊下を歩いていると、緩い声に引き止められた。

「ねえねえグラミーちゃん」
「?、私ですか」

振り返ると随分上の方に顔があった。
表情はゆるゆるとしていて、感情が掴みにくい。
昨日生徒が随分個性的(、、、)とは聞いていたが、絵に描いたように個性的な生徒だと思う。

「グラミーちゃんさ〜ナイトレイブンカレッジ初女子生徒だってホント?」
「嘘ですね」
「え〜そうなの?じゃあ雑用係?」
「それはユウくん。私は魔法薬学の助手ですよ」
「おや、そうですか。であれば授業でお会いすることになるのですね」

似たようなものが増えた。
ナマエは少し固まって瞬きをする。その顔を男子生徒はニコニコと見ている。
ほぼ同じ服にほぼ同じ髪。でも表情は大きく違う。

「君は…、君たちは双子かな」
「そう〜オレはフロイド。んでこっちがジェイド」
「貴方の名前を伺っても?」
「ナマエ・ブラック。魔法薬学がメインだけど、魔法植物や動物の調査もしていたから時間があれば君たち生徒のサポートもって感じかな」

あちらでスラグホーン教授の助手をしていた時も、空き時間は研究であったり熱心な生徒に教科書以上のことを教えることが多かった。質問にくるのは所属していた寮の生徒ばかりで他寮の生徒はほんの一握りであったが。
ところで彼らは食堂へ行かないのだろうか。どうも相手の身長が高すぎるせいで妙な圧迫感を感じる。

「ふ〜ん。じゃあグラミーせんせぇだねぇ」
「…そうですね」
「資料、お持ちしましょうか?」

彼は普通に呼ぶ気はないのだろうなと察し、ため息混じりに返事をした。
生徒と親睦を深めるのは良いが、舐められるのは困る。
酷くなるようなら何か手を打っておかないとな、と思いながら資料を近くのデスクに置いた。
彼は手伝ってくれるというが、どうせ勝手についてくる(、、、、、、、、)のだから、人手など必要ないのだ。

「いいえ、大丈夫ですよ。”ついてこい(custodirem)”」
「なにそれ〜?木の枝?」
「ほう、これは面白い魔法ですね」
「私の杖ですよ。古代呪文語、取っていますかね?アレに似たようなものですよ。昔から残っているものは派生しやすくオリジナルも作りやすいものです。では私は自室に一度戻るので」
「ええ、授業で会えるのを楽しみにしています」



「アレは、アズールが好きそうですね」
「今度オレ達の寮にグラミーせんせぇ連れてこ〜」
三話 イエローリリーが踊ってる
自室に資料を置いて、果たしてここの職員は大食堂で生徒と食事を取とるのか?もしや半分生徒半分教師というとてつもなく面倒なポジションにいるのでは…と思いながらナマエは大食堂へ来た。

「いやいないな」

他の職員は見当たらない。ともかく席を取るか、と足を進めると見知った顔が見えた。
ユウとお騒がせの原因、グリムといったか…何故かグッタリとしている。
他の生徒がナマエに話しかけようかかけまいか、ソワソワしていることなど気にもかけず、ユウの隣席へ座った。

「えらく疲れているね」
「ナマエさん!」
「コイツ誰だ?」

ユウが紹介するも、グリムはどうでもよさそうに欠伸をした。
ああ、こういうところがお騒がせの元なのだな、と思いながらグリムの首を捕まえ持ち上げる。
ユウがアタフタしながらこちらの様子を伺っているが、なんともお人好しだと思いながらそのまま話を続けた。

「さっさと離すんだゾ!じゃないと痛い目見るんだゾ〜!!」
「一応私教員としてここにいます。貴方を押さえつけるのは簡単ですよ。それで?今度はなにをしたんです?」
「それが…」

石像を壊して罰を受けていたらしい。
話を聞く限りとばっちりもいいところだ。
しかも原因である本人(猫か?狸か?)は必死にもがいているが反省の色はなさそうだ。

雑用二人と立場がよくわからない女子が話していると当然周りは違和感しか覚えていないのだが、当事者たちは気付かず話し続けていた。

「で、もう一人というのは?」
「それがまだ来てなくて…」
「いくらなんでも遅すぎるんだゾ!?まさかアイツ、逃げたんじゃないだろーな!」
「ありうる…」
「…はぁ、ユウくんも大変ですね。今日の放課後、いいものあげますので窓拭き頑張ってください」
「ツナ缶か!?」
「君にじゃないですよ」

そう言ってナマエは席を立った。

「…あ、ご飯食べるの忘れていたな」

*


「錬金術史と…後は動物語辞書と、植物解剖学…」

ナマエは結局ポーチの中の食料で腹を満たし、図書室へ来ていた。
指定されたものと、後は興味のあるものを読めばいいと言われていたので既に六冊手に持っている。
あまり多く借りると必要な人が困るだろうからこのくらいにするか、と探すのをやめたが、彼女が思うほど勉強に熱心な生徒は少ない。
そしてそれ以上に椅子に座るより実践的な授業が好きな生徒が多いということをナマエは知らなかった。

本を粗方読み、詳細は羽ペンに写させて部屋に戻る準備をする。
広げたメモを片付けて、椅子を戻し、さて帰るかといったところで一つやりたいことを思い出した。
こちらの植物について調べるために植物園にある植物の一、二枚葉を取る程度であれば実験に使っても構わないと学園長言われていたのだ。

集中しすぎるとそれ以外を忘れてしまうのは良くあることだった。
そうしたら弟たちが呆れた顔をして、優しい声で言うのだ。
「また姉さんは忘れてたのか」と…。

「…もうホームシックか?早いな」

ナマエは失笑して足を早める。
もう弟に会えないのが悲しいのか、ただ単に懐古しているだけなのか…。
悲しいとまではいかないが何ともないわけではない。そうだ、きっとこれは寂しいのだ。
そしてこの寂しさはずっと背負うものになる。

いつかこれも良い思い出として、さらには風化してしまうのだろうか。
そんなことを考えながら植物園に足を踏み入れると、気持ち良さそうに眠る生徒がいた。

「君、君。授業中ではないの?生徒でしょう」
「…あ?気持ちよく寝てたってのに…お前、例の雌か」
「例のは知らないけれど、そこを退いて欲しいのですよ」
「は?」

動く様子のない男子生徒にほぼ凭れかかるような形で植物を見る(肩パンをしようとしたところ相手の体格が良すぎて失敗した)。
パッと見た感じでは魔法界にあるものと同じようなものそうでないもの半々ぐらいか。
とりあえず目の前の三種類の植物の葉を二枚ずつ取り、ポーチから取り出した採取用のケースにしまった。

「んでいつまでお前はもたれかかってる気だ」
「あぁ、ごめんなさい。バランス取るのにちょうど良くって。君はサバナクローの生徒?」
「…寮長だ」
「そう。良くここにくるんですか?」
「そうだな。そんなことを聞いて何になる」
「私も研究のためにここには通うことになりそうですからね。ナマエ・ブラックです」
「…レオナ・キングスカラーだ」

ナマエは自身の動物もどき(Animagus)が猫だからか、勝手に親近感を抱いていた。
日当たりもいい、まさに絶好のお昼寝ポジションだ。
…30分くらいなら昼寝も許されるだろうか。

以前、外で昼寝などは絶対出来なかったのだが(一応良いところのお嬢さんである)猫になれるようになってからというものの、隙あらば昼寝をするようになった。
ある日抜け出したことがバレて母が泣き叫びながらナマエを探していたことがあったのだが、彼女はすっかり忘れている。

「キングスカラーくん。私も昼寝するので30分後に起こしてください…」
「レオナでいい。お前こんなところで寝るつもりか?」
「ここだからいいんじゃないですか…」

レオナはナマエの事をとてつもなく間抜けで阿保な奴だと思った。
雄の前で堂々と雌が寝るなんて食ってくださいと言っているようなものだ。
自身以外来る可能性もある。そんなことすらわからないのかと言おうとした時だった。

「ではおやすみなさい」

そう言って黒猫になった。

「っはぁ!?」

変身薬は禁じられたものだが、今目の前で起きたのはそれではない。
摂取もしていなければ何かを唱えていたわけでもない。
そして何より重要なことは自分の腹の上でソイツが寝ていることであった。

「…クソ、起きたら問い詰める」

レオナ・キングスカラーは紳士であった。
四話 アルメリアは見守る
「おい、起きろ」
「ふにゃぁ…」

起こすなと言わんばかりに大きく欠伸をする。
黒猫は大きく科を作ってちょこんと座り直した。

「おい…いつまで人の腹で寝ているつもりだ?」
「おっと…ごめんなさい、凄く寝心地がよかった」
「きっかり30分寝やがって…お前は人でいいのか?」
「あぁ、人ですよ。動物にも成れるってだけで。向こうではなかなか成れませんでしたからね。そうだ、お礼と言っちゃなんですが、これあげます」

レオナは視線で説明を促してくる。
小さい薬瓶に入っているのは空のグラデーションの様な液体。
カクテルにも見えなくはないが、小さい泡が時間を空けて上るものだから大変美しくはあるが間違っても口にしようとは思えない色だ。
ナマエは魔法薬学には一等自信があったが、見た目だけはどうも改善することは出来なかったのだ。
学び舎にいた頃は如何に見た目と味を変えれるか必死に研究していたが、実ったのはほんの一部であった。

「一定時間無臭透明になるお薬です。ちょうどお昼寝くらいですね」
「そんなもん渡していいのか」
「今回だけですよ。明日からは普通に授業の補佐も入りますし、よかったら授業出てくださいねっと」
「っおい!…逃げ足が早いな」

ナマエは頭がスッキリしたしやはり昼寝は大事だなと思いながら廊下へと出た。
彼女は魔法に限るが、気になることがあればすぐ行動に移し、眠る時間でさえ削るので本当に必要なのは睡眠であるが、それを伝えてくれる人は生憎いなかった。
同寮の生徒は良く言っていた。いつもの発作が始まった、と。

パンプスを履いているおかげで良く足音が響く。
彼女の手に資料が無いことを見計らって(魔法で片付けてあるだけだが)、三人の生徒が話しかけてきた。
見た目は普通の人間。制服を見るにハーツラビュル寮の生徒だった。

「あのっ!君名前は!?」
「初めての女学生ってホント?」
「どこのクラス!?」

ほぼ同時に捲したてられナマエはポカンとする。
そして少し黙り込む。男子生徒は返事を待っていたのだが、それが来ないため誰も喋らずに立ち止まっている奇妙な四人組が出来ていた。

「ああ、魔法薬学の助手をすることになったナマエ・ブラックです」
「助手!?」
「何歳!?」
「ええと…」

ここの学生はえらく好奇心旺盛なのだなとナマエは思った。
実を言うと余り一度に物を言われるのは得意で無いのだ。
母はいつも早口でナマエに命令をする。ナマエはいつだって自分が思うがままの行動がしたかったし、考え方であってもそうだ。ただ娘を奪った(、、、、、)負い目は抜けず、極力従うことにしていた。

まあ彼らはそんなことは知ったことでないし、目の前の気になる女の子のことをいち早く知って他の生徒に言わなければ、と言う謎の使命感に駆られている。

「君たち、僕はこの人に用があるんですけど、いいですかね?」
「ひえっ!」
「どっ、どうぞ!!」

後ろから別の生徒が話しかけ、三人の男子生徒は脱兎の如く去って行った。
…そんなに恐ろしい生徒には見えないが、怯えて逃げた様にも見えた。

「…用とは何でしょうか」
「あれ、本気にしていたのですか?困っていた様なので声をかけただけですよ。強いていえば自己紹介ですかね」
「そうですか、助かりました。どうも勢い良く話しかけられるのは苦手でして」
「ナマエさんですよね、フロイドとジェイドに話は聞いています。僕はアズール。何か困ったことがあればお手伝いしますよ、もちろん対価は頂きますが」
「ご親切にどうも。生徒さんに頼るわけにはいかないですがね」

そう言って下げ気味であった目線をアズールに合わせた。

アズールは納得した。
同年代の女性が入っただけで沸き立っている生徒を見ていると馬鹿らしいと思ったが、これは使えそうだ。
いろんな国の生徒が集まる此処では珍しい黒一色の美しい髪。こちらを見つめる瞳は透き通る様なグレーだ。
もし上手くいけばモストロ・ラウンジの売り上げに繋がる。また、教師陣との接点も多そうなので彼女に良くしておいて損は無い。歳も近いから打ち解けやすいだろう。

「何かあれば言ってくださいね」
「…まあ学業に支障がないのであれば。貴方は優しい人ですね、ありがとう」
「ッ、そ、そうですかね。僕は授業へ向かいます。ではまた近いうちに」

そういって足早にアズールは去って行く。
自分に優しいと言って礼を言った人など今までにいただろうか。彼女はきっと使いやすい。
動揺したのは、思ったより上手くことが運びそうだったからで、決して……、

「…ともかく、二人に上手くやるよう言っておきましょう」

*


ようやく作業にひと段落ついた。
もらった資料に対して必要な情報は全て書き取ったし、後は最終確認と明日クルーウェルに確認することをまとめるだけだ。
紅茶のおかわりを入れたところで、ユウにあげる”いいもの”を作らねば、と思い出した。
思い出したが彼は部屋に戻っているのか分からない。流石にもう終わっているはずだと思いたいが…確認しておいたほうがいいかと考え、彼の部屋へと向かう。

コン、コン、コン、コン

ノックをしたが返事がない。
話し声もないし、どうやら帰ってきていないようだ。
どうも彼は目が離せないと言うか…見ていると守ってやらねばと言う使命感に駆られる。
彼の状況に同情しているのか、故郷への懐かしさへか。それとも彼自身の性格かもしれない。

「彼の居そうなところは…食堂か中庭辺りか」

ナマエは、気分転換ついでに散歩だと思えばいい。そう思って門を出た。
もはや過保護とまで言えるが、魔法を使えない彼にとって、この学園にいる者との力量は大きいだろう。
そして此処の雰囲気は割とホグワーツに似ている。
良く言えば自主性が強く、悪く言えば持っている力を持て余している生徒が多い。
彼がその被害にあわないことを祈るばかりだ。

散歩にしては少し早い足取りで中庭を歩き、そのまま二階へ上がる。
ここは動く階段がなくて歩きやすい。そんなことを考えて歩いているとお目当ての人物が嬉しそうに声をかけてきた。

「ナマエさん!どうしてここに?」
「それは私が聞きたいよ。こんな遅くまで何してたの」
「うっ…」

明らかにしまった!という顔をしている。横にいる二人は友達だろうか。

「あの、いろいろあって…グリムと僕、二人で生徒として学園にいることが出来るようになったんです」
「そのいろいろ(、、、、)が君たちか…」

二人はうげっと言わんばかりに顔をしかめた。
グリムは楽しそうにしていてこちらには全く興味がないようだ。明日から通えるんだゾー!とウキウキしている。

「えーっと、二人が原因の一つというか、二人のおかげでと言うか…あっ、こっちがエースで、こっちがデュースです。二人とも、ナマエさんだよ。同じ寮に住んでて、魔法薬学の助手さん」
「はぁ!?先生かよ!」
「厳密に言うと先生ではないですけどね」
「ていうか、一緒の寮に住んでる…?」
「私が部屋をお借りしてるだけですよ。そうだ、ユウくんお腹減ってるだろうから握り飯をあげようと思って私待ってたのに」
「えっ!本当ですか!?」

グゥ〜

間抜けな音が廊下に響く。
どうも青い方…デュースくんのようだ。耳まで真っ赤になっていて、エースくんとグリムはそれをニヤニヤと見ている。

「よかったら貴方たちもどうぞ。沢山ありますし」
「…すみません」
「生理現象ですしね。行きましょう」

そうナマエが言うと四人と一匹は歩き出した。
部屋には大量の米といろんなおかず…ツナ缶もあることだし、残った分は魔法で何とかなると思って用意した分も三人いれば何とかなるだろう。今日何があったのか、聞きながら故郷の料理を作るとしよう。
弟たちの話を聞きながら料理…と言ってもサンドウイッチ程度だが、作っていた時のようでナマエは少し浮かれていた。三人は全く分からなかったが。
きっと今夜はよく眠れるだろう。

「そういえば、ナマエさんはなんでここに?」
「アー…散歩、散歩。気分転換になると思って。決して君が心配だったからじゃない」

ユウは苦笑いをして、後ろの二人が笑った。




戻る


ツユシグレ