Episode2
「マジフト…ですか」
最近やけに生徒たちが元気というか、空回りをしているというか…ソワソワしている様子が気になって尋ねたところ、どうやらマジカルシフトというスポーツがあるらしい。
人間…というか思考力を持った生物はそういったものを好むものなのだろうか。
「そうよ。アンタなら長時間崩れないメイク、できるんじゃないの?」
「できなくはないですけど…」
ヴィルの目が輝く。彼曰く、マジフト中メイク直しをせずに済むように魔法を使いたいということらしい。
確かに彼自身美しいし、それに勝る努力を持ってして自身を飾っているのだろう。
だが魔法を人体に使うとなると、普通に使うより繊細なコントロールができないとならない。そしてここの魔法は使用者本人へ負荷がかかる。結果かなりの負担となるだろう。そして何より…
「持ちは間違いなくいいんですけどね、その、なんというか…」
「勿体ぶらないで早く言いなさい」
「落とすときに、専用の魔法薬を使わないといけなくて。それも結構肌にダメージがかかるので、危ないんですよ」
「…改良したりはできないの?」
「出来たら私が使っていますね。使用者にも、被験体にも負担が大きいのでオススメしません」
「アンタにも出来ないならお手上げね」
彼は大きくため息をつく。学生時代、美容好きの知人が開発したその呪文は大層恐ろしかった。
彼女はその時所属していたスリザリン生の女の子を全員集め、その中から美人である三人に魔法をかけたのだが、悲惨だった。
ブラック家ということで、下手なことはできないということらしく、ナマエは外されたのだが、外されていて本当に良かった。
かけた当初は皆大喜びで、世紀の大発明やらなんやらと大騒ぎしていたが、 寝る前にとんでもないことが起きた。
これがないと落ちないと言われたパックをしていたのだが、それが顔に張り付いてしまって泣きを見る事となった。
結局先生が落としてくれたのだが…落とした後の顔は痛みによる疲労でだいぶん老けて見えた。
「ああ、でもこれなら少量しかありませんがお渡しできますよ」
「これは?」
そんなとんでもない彼女が発明した一つ、七色アイシャドウだ。
卒業後彼女とは何も連絡を取らずじまいであったから、商品化したかはわからないが、いつかはする事間違いなしの品であった。
「自分が思った色に変わるアイシャドウです。普通のメイク落としで落ちますが、長持ちしますよ」
「一回分かしら、もっと無いの?」
「サンプルで個人的にいただいたものですし…そんなに多く使う機会もないですしね」
「…言われてみればそうね」
「パーティへ行く時や、服装を変えなければならないような時によく使いました」
長女ということもあってか、パーティにはよく連れられた。
色んな人との会話は疲れるが、有名な家系であることと、自身の造形が上手く作られたことによってイザコザには巻き込まれずに済んだ。これが無ければ品定めの目線に苦しまされることになるだろう。
パーティは嫌なことばかりではなかった。素敵なドレスを身に纏ったり、メイクをすることは嫌いではないし、何より弟たちとヒソヒソ内緒話をするのが楽しかった。
「これ、新品だけどいただいていいの?」
「ええ。作ろうと思えば作れますしね。ここ一番の大勝負って時に使ってみてください。どうしても必要になれば少量でしたらお渡しします」
「ありがとう、助かるわ」
彼がそれをしまう時でさえ、そのアイシャドウは美しい。
光に反射して虹色に光る様は世の中のメイク好きを虜にすること間違いなしだ。
「おや、
「ルークくん、その呼び方はどうなんでしょうね」
「ところで君は余りメイクを変えないようだが…私が今度手を加えても?新しい自分と出会えるんだ、これとない機会だろう?」
「……ええ、別に構いませんが話は聞いてくださいね」
「トレビアン!次はヴィルと同じ授業だ、またお誘いするよ」
彼は聞く気がないらしい。ヴィルくんの顔をみると諦めなさいと書いてあるようだった。
どうもポムフィオーレ寮は変わっている生徒が多い。彼らは下手すると同年代の女の子より美意識が高いのではないだろうか…。
「…とりあえず呼び方を変えて欲しいですねぇ」
「あ、グラミーせんせぇだ」
「……」
ため息をついて後ろを向くとフロイドが真後ろにいた。
ナマエは心臓が止まる思いだった。気配も足音も感じられなかったのだ。彼女が驚いていることなんて御構い無しにフロイドはナマエの脇に手を入れて持ち上げた。
「っは、フロイドくん下ろして」
「なんでぇ?ジェイドのところに連れてこいって言われたんだけど」
「いやこっちの台詞ですよ…何のためにどこに連れていかれるかもわからない…」
話している間もフロイドはずんずん進む。周りの生徒から変な目で見られているし下ろしてもらいたいが、問題の彼は楽しそうに鼻歌を歌っている。下ろす気は無いらしい。
結局植物園に着くまでナマエはそのままであった。
「…ジェイドくん何かご用ですか」
「…フロイド、下ろしてあげてください」
ジェイドは連れて来いとは言ったが、ナマエを持ち上げて来いとは言っていない。
声が聞こえて後ろを振り返ると死んだ顔で持ち上げられているナマエがいた。そのまま話すところを見るに諦めたのだろう。
「じゃあオレ戻っていいよね」
「はい、いいですよ」
フロイドはただの運搬係であったらしい。もう少し別の人選で、いやマシな運び方は無いのかと言いたくなったがいうだけ無駄だと悟った。
とりあえず何かあってここへ連れてこられたのだろうとジェイドを見る。手にはずいぶん懐かしい、最近見ることがなかったそれを持っている。
「キクラゲ…ですかね」
「そうです!流石ですね。あなたなら良い管理方法を知っているのでは無いかと思いまして」
「ああ、そういうことなら…」
キクラゲの管理方法を話していたはずが、気がつけばキノコ料理について話していた。
ジェイドの目が心なしか輝いているように見える。
「よろしければ山を愛する会、入りませんか?」
「…私今のところそんな余裕がないんですよ」
「では時間が出来たらぜひ入ってください」
「いや、それは…たまに覗きに来るだけじゃダメですかね」
「…まあいいでしょう。あなたも忙しいでしょうしね。その代わり手が空いたときは来てくださいね」
「はい…」
いつになく押しが強い。よほど彼はキノコが好きなのだろう。
たまの昼寝ついでに様子を見るぐらいでいいか、と考えていると考えが読まれているかのようにこう言われた。
「僕も知識が欲しいですし…お願いできますよね」
声がお願いのトーンではなかった。あれは世の中では脅しと言う。
「あ!ナマエちゃん!」
ナマエはいつも通り授業を終え、中庭を通っている時に呼び止められた。
学園にも大分馴染み、彼女をナマエさん、ナマエちゃんと呼ぶ生徒は多い。
その中でも彼のように底抜けに明るい声はわかりやすい。授業外でも話しかけてくることが多く、クルクル変わる表情は好ましい。ナマエは弟のようで和やかな気持ちになるのだが、第三者からみると弾ける笑顔と無表情の組み合わせになるので、残念ながら不仲か無理をして話しているのではと思われている。
彼、カリムと大体セットなのがジャミルだ。成績はかもなく不可もなく、ではあるが飲み込みの早さから見るにして手を抜いているのだろう。カリムとのお喋りは楽しいが、どうも突発的に行動に移ることが多い。それを止める、というか止めようとしてくれるのはいつもジャミルだ。止めきれずに失敗しているところは五分五分といったところか。
視線をやると予想通り、二人がいた。カリムが大きく手を振っている。
二人の手元を見るに弁当を食べているようだ。以前ジャミルが作っているとは聞いていたが、随分立派なものである。
「お二人ともこんにちは、お昼ですか?」
「そう!ナマエちゃんも一緒に食べようぜ!最近自分で弁当作ってるんだろ?」
「ええ。ジャミルくんご一緒しても大丈夫ですか?」
「どうぞ。カリムが良いって言ってるんだ」
ナマエは弁当を出しながらカリムの隣に腰を下ろす。
彼女の弁当は日本寄りのイギリス弁当といったところだ。サンドウィッチやキッシュなど外でも食べやすいように工夫したものである。食材は貰えるものの、日本のものは多くはない。ナマエは向こうで生きた数年のおかげで味覚は海外の方が慣れがあるので、日本のものは作らないがイギリス人にしては手の込んだ弁当と言ったところだ。
「ナマエちゃんの弁当うまそうだな!」
「一口食べます?…ってダメなんでしたっけ」
「そうなんだよなぁ。あ、そうだ!!」
ナマエは名家に相応しい食生活を送っていた。とはいってもあまりに味の濃いものは変えてもらったりしたが、基本的には家で作ったものを食べていた。それこそホグワーツ入学前は外食をしたのは社交界のみだ。
彼がジャミルの作った食事しか食べないのは酷だと思う反面、自分の様に敵対する人物がいない状況とは大きく違って、少しでも危険がつきまとっている状況下だときっと同じ体験をしていただろうことが容易に想像できる。
彼女の母親は
せめて学生には穏やかに過ごして欲しいと願うばかりだが…彼の持ち前の明るさならなんてことはないだろう。
そんなことを考えているとは露知らず、カリムはさも妙案とばかりに声をあげた。
「ジャミルが覚えて作ってくれれば良いんだ!」
「…まあレシピさえあれば―――」
「ジャミルに一口やってくれよ!」
「良いですよ」「はぁ!?」
返答はほぼ同時であった。いくら歳が近くて親しみやすいからと言って、年上の女性から弁当をもらうことに抵抗がないわけではない。ジャミルはかなり気配りができる男であった。
そしてナマエは完全に弟たちに弁当を分ける感覚でいる。
「口開けてください」
「うっ…はぁ、わかった」
気恥ずかしく思ったジャミルだったが、ナマエは全く気にしていない様だった。至近距離で見る彼女の瞳は美しく、一瞬目を奪われてしまう。
ハッとして垂れる横髪を耳にかけてから、一口食べた。
「はいどうぞ」
「…うまい、これはオレンジの皮を使っているのか?」
「!、正解です。さすがお料理上手なだけありますね」
ナマエは料理上手というほどではないが、ある程度のものであればなんでもこなせるので昼食を作るぐらいであれば人に振る舞える腕だと自覚している。忙しいときは魔法を使ってしまうことも多々あるが。
できるだけ自分で作るのは、弟たちに振る舞ったクッキーを魔法で作ったと言ったとき、なんともいえない顔で二人がナマエのことを見ていたからだ。その時からできるだけ魔法で料理をするのは控えている。あの時は手作りだと思ったのに期待を返せと上の弟に言われて落ち込み、更に下の弟に僕も手作りが良かった…と言われ追い討ちをかけられたのだった。
「じゃあオレの少し分けてやるよ!」
「んぐ…ほひひい…けど急に突っ込むのはやめてください」
「なっ!うまいだろ!」
自分の料理の腕も捨てたものではないなと思っていると、カリムに料理を口に突っ込まれた。
確かに彼の作ったものはすごく美味しそうだったので気になっていたが、いきなり口に入ったものだからナマエは驚いた。頬がリスの様になっていたのだが、それを見たジャミルは噴いた。
自分が褒められたかのように笑うカリムはそのまま自分の食事を再開させる。
どこにでもこういう太陽の様な人間はいる。弟の親友であったり、ナマエと同級生だったハッフルパフの男の子もだ。
彼らは立場関係なく、人間の本質そのものを見るのでナマエは大切にしていた。いつも自分の家名で寄ってくる人とは違い、ナマエを見てくれる。
もっとも、弟の親友には苦手に思われていたし、ハッフルパフの男子生徒は密かに彼女に恋をしていたのだが、ナマエは知らなかった。
ふと、目線を下げるとジャミルが怪我をしていたことに気がついた。
「あれ、ジャミルくん怪我したんですか?」
「ちょっとした怪我だ。気にしなくて良い」
「気をつけてくださいね、こんなに美味しい料理を作れる魔法の手ですからね」
ナマエが労わるようにそっと手を撫でる。
ジャミルは少し照れた。こういう風に暖かく、くすぐったい気持ちになるのは久々な気がする。
カリムの世話をすることはずっと行ってきているものではあるが、周りの人間は大抵邪魔をしようと思わずとも何かしら問題を起こす。問題を起こさず、更に一緒に過ごしてこんなに穏やかであったことなどほとんどないに等しい。
カリムが息子は嫌だが、もし自分が妻帯者になればこう穏やかに過ごせるようになるだろうか…、と考えたときだった。
「なんかジャミルとナマエちゃんは夫婦っぽいな!」
「ッグ!!」
「え、大丈夫ですか!?」
背中をさするナマエの手に少しだけ、ほんの少しだけドキドキするし、カリムはこちらを嬉しそうに見ている。
何か騒ぎを起こすわけではないが、こちらの気持ちを汲んでくれない二人にジャミルは少し頭痛を覚えた。
ついにマジフト大会本番である。
といってもあまりナマエには関係がない。勿論人手として数えられ駆り出されはするものの、実際怪我人が出るまでナマエの出番はない。
最近やけに保健室へ運び込まれる生徒が多く、彼らの怪我を回復させる薬を多く作らされた。
魔法をかければ一発なのだが、人と全く同じ構造かもわからず、下手なことがあってはならないということで大人しく調合している。
ちなみに調合しているのは多少アレンジを加えはするものの、基本はクルーウェルに教えてもらったものなので効果は確かだ。
「で、基本的には保健室待機のはずなのですが何故私は連れ出されているんでしょうねえ」
「いや〜せっかくの大会ですし、美味しいものでも食べたいでしょう!」
「それは学園長が食べたいだけでしょう」
「そ、そんなことはありません!私、優しいですから。何か奢りますよ」
大会が始まるにはまだ時間があり、下見に行こうとナマエは揚々と連れ出された。
当の本人は嬉しそうに物色をしており、生徒たちは苦笑していた。
それにしても随分見覚えのあるものが多い。
カステラに飴、たこ焼きと店が続き、縁日のようだ。これで自分も浴衣であれば、と思ったが今のナマエは程遠い格好をしていた。
いつもはクルーウェルによって用意されたやたら派手なスーツなのだが、今日二人で歩くんですからおめかししてくださいとクロウリーに急に言われ、用意された服を身にまとっている。
パッと見教員とは思えない格好のナマエは、クロウリーの婚約者の様だった。
ナマエの佇まいは上品で、着ているワンピースに負けない美しさだ。余計な詮索を防ぐためにも、こうしてクロウリーが連れ出しているのだがナマエは気付いていなかった。
社交界へよく行っていたナマエはエスコートされることに慣れている。
クロウリーに手を差し出され、自然にその手をとって腕を組んで歩くことに違和感などかけらも抱いていない。
実は何度かクルーウェルに食事へ連れ出されたときにエスコートを受け、こちらの常識でも同じであると勘違いしている。
そういう場所であるならまだしも、至って普通の、学園内でエスコートを見る機会などそうそうない。
男子校であるし、こういうイベントで外部から来る一部の女性が受けているくらいだ。学生には良家の息子もいるが、そういう生徒以外は目にかかることはない。
つまりナマエとクロウリーは大変目立っている。
クロウリーはナマエの生い立ち等は軽く把握しているものの、ここまでの立ち振る舞いができることに感動していた。パートナーとしての姿勢は完璧である。
今後一部の保護者との会談や、交流パーティがあるときは彼女を連れて行けば心労が減るだろう。
その時は新しい薬の材料などで釣るべきだとナマエの性格をよくわかっている。
ただ、ナマエの受けていたエスコートは弟や父親、幼馴染など身近な人間が多かったが故に、恋仲でない男女がするには少し接触が多い。クロウリーがそうするように仕向けたのだが、最悪ナマエが離れるだろうと思っていたのに、自然にしているのを見て少し矯正が必要かもしれないと考えた。
余りに自然に横に寄り添うものだから、人によっては好意を持っているのかと勘違いするだろう。
クルーウェルと食事に行ったと言っていたが、きっと彼のことだからこれ見よがしに連れ回している。これだけ出来る女性であると、ほかの女性が寄らず快適だろう。
彼のように頭の回る人間ならいいが、そうでない者と出かけることもあるだろう。ナマエは異性へのガードが緩い。
早い目に対策を練っておかないと生徒とどうこう、といって問題があっても困る。まあ今はこの様子であるし大丈夫だろうとたこ焼きを買ってベンチに座った。
「あんなにあったのにたこ焼きだけでよかったんですか?」
「あまり貴方を歩かせるのも辛いでしょう。それにここで生徒たちの様子を眺めるのも楽しいですしねえ」
「あと三十分もすれば休憩も終わりです。準備でバタバタしますねえ」
「それを言わないでください…」
実に美しい仕草で二人は動く。
舞踏会かと勘違いするような仕草でクロウリーがナマエに席を案内して座らせた。ナマエは脚を揃え、少し斜めにしてベンチへと腰掛ける。その横にクロウリーが座ったのだが、彼の持っているたこ焼きが違和感を生み出す。
これが嫌味にならないところが素晴らしいのだが、最近ナマエが気になっていた生徒はショックを受けた。
「う〜ん、美味しいですね」
「口にあって良かったです。ちなみにこの後一部の保護者へご挨拶に向かうのですが、このままお連れしても?」
「このままはダメですねぇ。一応教員ですし、学園長とお話ししたい方も多いでしょうしね」
「そこをなんとか!貴方がいるだけでお節介が減るんですよ…」
まあ学園長ともあればそういうお話は少なくはないだろう。立場のある人間は大変だとナマエは他人事だった。
それが嫌でナマエは早々に相手を決めて、結婚するまでは好き勝手に暴れた。だが学園長、しかも男性となるとそういうわけにはいかない。
だからといって協力するわけにはいかなかった。クロウリーの出会いをなくす事になるし、何より保健室での手伝いを頼まれている。最近の状況を見るに猫の手も借りたい状況なのだろう。
「ダメです。保健室に戻ってお手伝いしないとですからね」
「…そうですか。じゃあ少し失礼します」
「!?」
クロウリーはナマエの横髪を耳にかけ、首同士をこすりつける様にして抱きしめた。
ナマエは突然の抱擁に目を白黒させた。もちろん軽いハグならよくしていたが、家族でない男性にしっかり抱きしめられることなど殆どなかった。しかも首を擦り付けてくるものだから、喉仏が鎖骨を掠めてくすぐったい。
耳が熱を持って赤く染まる。それを見たクロウリーは笑いながら離れた。
「これで代わりにはなるでしょう。あんまり無防備なのは褒められませんよ」
「は、はぁ…。あなたの匂いがして落ち着かないんですけれども」
「それは良かった!ではまた後ほど。ワンピースはこちらでお預かりしますよ」
クロウリーは席を立った。ふと近づいた瞬間ナマエの匂いが彼からして、不思議な気持ちになった。去る前に、前髪をかき上げてキスを落とす。からかいのつもりでしたが、ナマエはよくわからず混乱したままである。そしてそれを運悪く目撃してしまった者が一人。
「うわぁ…独占欲丸出し…。てかナマエさん学園長と出来てんの…?」
誤解が解けるのは数時間後だった。
保健室でナマエが待機していると、学園長から連絡があった。
生徒、レオナ・キングスカラーがオーバーブロットしたらしく、いつでも手当に入れるよう保健室で引き続き待機して欲しいとのこと。そのまま大会を続けるつもりか、マジフトよりも生徒の安全ではないかとまくし立てたが、クロウリーは電波が繋がらないふりをし、聞かなかったことにされただけだった。
彼がこの保健室に来ようものなら、いや仮に来なくとも注意は必要であるとナマエは眉をひそめた。
あちらの校医、マダム・ポンフリーがクィディッチ(大方マジフトのようなものだ)の負傷選手を治す度に、こんなスポーツは取りやめにするべきだという気持ちがわかる。スポーツに怪我は付き物だが、オーバーブロットしてそのままするものではない。ただでさえ体力や魔力が尽きかけているというのに、そこにトドメをさしてどうするのだ。
ナマエにはこちらでいうオーバーブロットの感覚はわからないし、魔力が尽きたことなんてない。そもそも向こうでは魔力は持つものと持たざる者がいて、持つものは練習によって正しく作動させたり、派生を生み出したりする。マグル、非魔法族で言うところの自転車やスケートボードのようなものだと認識していた。そうなると杖はゴマのようなものだ。
こちらの魔法は自身のエネルギーを使って発動させる。生命活動の一部のようなものだ。食べ物や睡眠で力をつけて、走ったり勉強するのと同等に魔法を使う。
あちらは精神力、集中力の限界はあれど、体力や容量に限界などない。こちらはそれがあるから難儀なものだと思っていた。
学生が無茶をしやすいのは、無知によるものだ。自分の限界を知らないもの、制御出来るレベルがわからないものや、無意識にストレスが溜まり暴発するもの。あちらでは山ほど見てきた。ナイトレイブンカレッジは、年齢層が少し上だから、気持ちマシかもしれない。
ともかく自分の魔力がおかしな影響を与えるかもしれないから、極力直接魔法をかけることを避けて、必要になるであろう薬品のチェックをする。様子を見にいけないことをもどかしく思いながらも、着々と用意を進めた。
マジフト大会は、命に関わる大怪我はないものの、そこそこ怪我人を出して終了した。
ちょこちょこ人は来るものの、大体はそこまで大きい怪我ではなく、参加してないはずのユウが運ばれてきたときが一番ナマエの肝を冷やした。
オーバーブロットしたレオナは勿論、ラギーも運ばれ、運んできた人間も中々にボロボロで場外で喧嘩でもしたのかと問い詰めたくなった。まさかグリフィンドール生とスリザリン生じゃあるまいし(二寮は折り合いが悪くすぐ問題を起こす)、寮同士のしがらみも、普通の学校程度の筈だ。
「ここは…」
「!、ユウくん、ここがどこだかわかる?」
「保健室…ナマエさん?」
「ええ、そうです。意識ははっきりしていますね」
「おっ、目が覚めたか!」
エースたちが運ばれた経緯をユウに話している。皆要反省といったぐらいで、大規模な治療は必要なさそうだ。
あちらの薬や魔法を使えば一発だが、下手すると自分の首どころか学園長の首まで
下手な地雷は踏まないことだ。そしてこちらで取れない素材で作ったものを対人研究したところで無駄。それならこちらのものであちらと変わらない効果の物を生み出せるように研究するのみだ。
ユウは基本的に騒動の中心にいる気がする。
ただ本人に悪気等は一切なく、本当に巻き込まれているだけだから不憫に思わざるを得なかった。
今回の原因と言えるレオナは、何処吹く風、反省の色が全く見えない。
「…で、君は無茶するタイプではないと思っていたんですけど」
「文句ならコイツらに言ってくれ」
レオナは決して無茶せず、上手くやるタイプだと思っていたのだが、観察が甘かったらしい。
こちらが小言を言おうが聞く耳持たずだ。
「あーーっ!おじたん!やっと見つけた!」
やっと落ち着けそうになったのに、小さな嵐がやってきたとナマエは遠い目をした。
レオナに戯れるチェカは大変可愛らしく、和まされた。ナマエは幼い子供にめっぽう弱い。
ひとしきり大騒ぎして、疲れて寝そうなところにお付きの人がやってきて回収された。振り回される彼らを見てなんとも言えない気持ちになったが、謝り慣れているところを見ると日常茶飯なのだろう。
全員目を覚まして、後はそれぞれに必要な薬品を用意するだけだと袋を用意していると、気まずそうにエースが話しかけてきた。
「えーと…あんま人がいるとこで聞くべきじゃないんだろうけど」
「なんでしょう?」
「ナマエさんって学園長と、その、付き合ってたりする?」
「は?」「えっ?」
その場にいる全員が困惑した。
エースは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、デュースやジャックは驚きすぎて目が落ちそうだ。ユウはパチパチと瞬きし、残りは”趣味が悪い”と言わんばかりの顔をしている。
ナマエは作業をしながら返答する。
「それは、どうして?」
「あー…朝方、一緒にいるの見たんす」
「ああ、あれは学園長がどうしてもというからエスコートしてもらって売店を見ていただけですよ」
「いやあれはエスコートとかいうレベルじゃない…」
ユウたちは学園長の気まぐれか、と息をついた。エースだけがどこか不満そうにナマエを見ている。
あんなに近くで、触れ合っていてエスコートなんて言葉で片付けるのかと彼はナマエをジト目で見下ろしていた。
「あれくらい普通ですよ。弟たちにも同じようにしてもらっていました」
「…前から思ってたけど、ナマエさんてどっかの貴族だったりする?やけにそういうのに慣れてるよな」
「正解ですよ。もう家から出たのでどうなったかは知りませんが婚約者もいましたし、よく当主の挨拶に控えていました」
「コンヤクシャ…?」
「はい、婚約者」
エースがダラダラと汗を流す。
もしかしなくともナマエは既婚者だったのだろうか。もしそうだとすると学園はプチパニックになるだろう。ナマエのことを良く思っている生徒は多い。エースもその中の一人だった。付き合いたいとまではいかなくとも、学園のアイドルというか、目の保養というかそんな感じで見ていたのに、まさか旦那がいるとなると悲しくて引き篭れそうだと思った。
「旦那の方に挨拶も行って結婚寸前だったんですけど、(結果的に)家から逃げちゃいましたからねぇ」
「え゛!?」
「まぁ誰でも良かったんですけど、拘束されることは好まないので結果オーライと言ったところです」
「それってどうなんだ…」
「ちょっと名前のある家だったらないことはないだろうな。勘当は間違いなし、相手方の家名が高ければ家自体が危ない」
「うちは割と上の方だったので、まあ大丈夫でしょう」
まさか非魔法族を排除する思想の代表家とは言えまい。
濁すように少し笑えば、エースたちは何か訳ありで大変だなと考え、レオナだけがコイツ逃げたなと見破っていた。
人の家のことに首を突っ込んで良いことなどないだろう。ここにない家でもあるし、深く聞かれても困るのだ。
あちらでの半軟禁のような生活に比べればここは天国だ。心残りはいくつかあるが、いまこうして生きているだけでナマエは幸せなのだから。
「私は、こうして君たちの面倒を見ているだけで楽しいからいいんですよ」
「うわ…ナマエさんいい人すぎる…」
「まあ今回のような無茶はやめて欲しいですけどね」
「耳が痛い…」
しかめ面をするデュースをエースが笑う。エースにも一因あるというのに、すっかり頭から抜け落ちているらしい。
ユウはクスクスと笑って、頭を揺らした痛みに耐えていた。
「今日はとりあえずユウくんのところに泊まるかこっちに泊まってもらって様子見ですね」
「待って」
名家、実力もあるおかげでナマエの貞操観念は三歳児並みである。