ナデシコが揺れる
「あ!ナマエちゃん!」
ナマエはいつも通り授業を終え、中庭を通っている時に呼び止められた。
学園にも大分馴染み、彼女をナマエさん、ナマエちゃんと呼ぶ生徒は多い。
その中でも彼のように底抜けに明るい声はわかりやすい。授業外でも話しかけてくることが多く、クルクル変わる表情は好ましい。ナマエは弟のようで和やかな気持ちになるのだが、第三者からみると弾ける笑顔と無表情の組み合わせになるので、残念ながら不仲か無理をして話しているのではと思われている。
彼、カリムと大体セットなのがジャミルだ。成績はかもなく不可もなく、ではあるが飲み込みの早さから見るにして手を抜いているのだろう。カリムとのお喋りは楽しいが、どうも突発的に行動に移ることが多い。それを止める、というか止めようとしてくれるのはいつもジャミルだ。止めきれずに失敗しているところは五分五分といったところか。
視線をやると予想通り、二人がいた。カリムが大きく手を振っている。
二人の手元を見るに弁当を食べているようだ。以前ジャミルが作っているとは聞いていたが、随分立派なものである。
「お二人ともこんにちは、お昼ですか?」
「そう!ナマエちゃんも一緒に食べようぜ!最近自分で弁当作ってるんだろ?」
「ええ。ジャミルくんご一緒しても大丈夫ですか?」
「どうぞ。カリムが良いって言ってるんだ」
ナマエは弁当を出しながらカリムの隣に腰を下ろす。
彼女の弁当は日本寄りのイギリス弁当といったところだ。サンドウィッチやキッシュなど外でも食べやすいように工夫したものである。食材は貰えるものの、日本のものは多くはない。ナマエは向こうで生きた数年のおかげで味覚は海外の方が慣れがあるので、日本のものは作らないがイギリス人にしては手の込んだ弁当と言ったところだ。
「ナマエちゃんの弁当うまそうだな!」
「一口食べます?…ってダメなんでしたっけ」
「そうなんだよなぁ。あ、そうだ!!」
ナマエは名家に相応しい食生活を送っていた。とはいってもあまりに味の濃いものは変えてもらったりしたが、基本的には家で作ったものを食べていた。それこそホグワーツ入学前は外食をしたのは社交界のみだ。
彼がジャミルの作った食事しか食べないのは酷だと思う反面、自分の様に敵対する人物がいない状況とは大きく違って、少しでも危険がつきまとっている状況下だときっと同じ体験をしていただろうことが容易に想像できる。
彼女の母親は
せめて学生には穏やかに過ごして欲しいと願うばかりだが…彼の持ち前の明るさならなんてことはないだろう。
そんなことを考えているとは露知らず、カリムはさも妙案とばかりに声をあげた。
「ジャミルが覚えて作ってくれれば良いんだ!」
「…まあレシピさえあれば―――」
「ジャミルに一口やってくれよ!」
「良いですよ」「はぁ!?」
返答はほぼ同時であった。いくら歳が近くて親しみやすいからと言って、年上の女性から弁当をもらうことに抵抗がないわけではない。ジャミルはかなり気配りができる男であった。
そしてナマエは完全に弟たちに弁当を分ける感覚でいる。
「口開けてください」
「うっ…はぁ、わかった」
気恥ずかしく思ったジャミルだったが、ナマエは全く気にしていない様だった。至近距離で見る彼女の瞳は美しく、一瞬目を奪われてしまう。
ハッとして垂れる横髪を耳にかけてから、一口食べた。
「はいどうぞ」
「…うまい、これはオレンジの皮を使っているのか?」
「!、正解です。さすがお料理上手なだけありますね」
ナマエは料理上手というほどではないが、ある程度のものであればなんでもこなせるので昼食を作るぐらいであれば人に振る舞える腕だと自覚している。忙しいときは魔法を使ってしまうことも多々あるが。
できるだけ自分で作るのは、弟たちに振る舞ったクッキーを魔法で作ったと言ったとき、なんともいえない顔で二人がナマエのことを見ていたからだ。その時からできるだけ魔法で料理をするのは控えている。あの時は手作りだと思ったのに期待を返せと上の弟に言われて落ち込み、更に下の弟に僕も手作りが良かった…と言われ追い討ちをかけられたのだった。
「じゃあオレの少し分けてやるよ!」
「んぐ…ほひひい…けど急に突っ込むのはやめてください」
「なっ!うまいだろ!」
自分の料理の腕も捨てたものではないなと思っていると、カリムに料理を口に突っ込まれた。
確かに彼の作ったものはすごく美味しそうだったので気になっていたが、いきなり口に入ったものだからナマエは驚いた。頬がリスの様になっていたのだが、それを見たジャミルは噴いた。
自分が褒められたかのように笑うカリムはそのまま自分の食事を再開させる。
どこにでもこういう太陽の様な人間はいる。弟の親友であったり、ナマエと同級生だったハッフルパフの男の子もだ。
彼らは立場関係なく、人間の本質そのものを見るのでナマエは大切にしていた。いつも自分の家名で寄ってくる人とは違い、ナマエを見てくれる。
もっとも、弟の親友には苦手に思われていたし、ハッフルパフの男子生徒は密かに彼女に恋をしていたのだが、ナマエは知らなかった。
ふと、目線を下げるとジャミルが怪我をしていたことに気がついた。
「あれ、ジャミルくん怪我したんですか?」
「ちょっとした怪我だ。気にしなくて良い」
「気をつけてくださいね、こんなに美味しい料理を作れる魔法の手ですからね」
ナマエが労わるようにそっと手を撫でる。
ジャミルは少し照れた。こういう風に暖かく、くすぐったい気持ちになるのは久々な気がする。
カリムの世話をすることはずっと行ってきているものではあるが、周りの人間は大抵邪魔をしようと思わずとも何かしら問題を起こす。問題を起こさず、更に一緒に過ごしてこんなに穏やかであったことなどほとんどないに等しい。
カリムが息子は嫌だが、もし自分が妻帯者になればこう穏やかに過ごせるようになるだろうか…、と考えたときだった。
「なんかジャミルとナマエちゃんは夫婦っぽいな!」
「ッグ!!」
「え、大丈夫ですか!?」
背中をさするナマエの手に少しだけ、ほんの少しだけドキドキするし、カリムはこちらを嬉しそうに見ている。
何か騒ぎを起こすわけではないが、こちらの気持ちを汲んでくれない二人にジャミルは少し頭痛を覚えた。