ときめきスフレ


「ナマエさん、今日俺の部屋に来ないか?ケーキを焼いたんだけど、少し余ってしまってな。みんなに分けられるほどはないんだ」
「いいの?リドルくんとかは食べるんじゃない?」
「リドルは最近自分で作る練習してるんだけど、今日はその日だから食べれないだろうな」
「じゃあお邪魔させて貰おうかな」

約束をしたのは昼休み。この授業が終われば彼の元へ行く約束をしている。

ケーキを食べるために自室に呼ばれるのは初めてだったが、最近ナマエはトレイに餌付けされているのではないかと思っていた。
食後のデザートにと一口サイズの可愛いタルトや宝石のようなジュレが乗っているパンナコッタを渡されるのはしょっちゅうだ。昼食を一緒に取ることも増え、何なら弁当を持ってくることがたまにある。

この間ヴィルにケーキを貰っているところが見つかり、持っているケーキとナマエの顔を見比べてため息を吐かれ、やれやれと言わんばかりに首を振って「…せいぜい太らないようにね」と言われた。
もしや太ってしまったのかと数人に聞いても太ってないと答えるし、経緯を話すとなるほどと呆れ顔で見られる。
皆一様に言うのは、幸せにな、だ。結局何のことかはわからないままだ。

ちなみにハーツラビュルの数名はこのままではトレイが全て食事を管理しだすのではと肝を冷やしているのだが、ほんのりナマエに伝えようとしても伝わらないし本人による邪魔が入るので、どうしようもないと諦めている。

「ではみなさん、課題の材料をお渡ししますので、取りに来てください」

ナマエは甘いものに弱く、例にも漏れずケーキを楽しみにしている。

*


「夕食後にケーキを食べるなんてこっそり悪いことをしているみたい」
「ナマエさんの家では夕食後には食べないのか」
「お母様がうるさくてね。食べるとしたらアフタヌーンティーの時だけ」
「じゃあ背徳の味ってやつだな」
「だからかな。すごく美味しく感じる」

今回は砂糖たっぷりのクリームと、キラキラとした果物が添えてあるスフレケーキだった。
ナマエは嬉しそうにケーキを頬張る。トレイのケーキはどんな宝石よりも美しい芸術品だと話したことがあったのだが、彼の家ではもっと本格的なものがあると聞いてホリデーにお邪魔することになっている。
最初の予定はどこか一日で買いに行って、それ以外の日はトレイから電話が来たら少し話せれば良いと思っていたのに、いつの間にかホリデーの最終日とその前日以外はお泊まりすることになっていた。
両親や兄弟が喜んで承諾していると言われて断るわけにはいかず、後には引けなくなった。


トレイは甘いものを食べている時のナマエの表情が好きだった。彼女は滅多に人前で表情を変えることはないが、気を許したり、懐に入れた人には別だ。鉄仮面は薄れ、くるくる変わる表情は愛らしい。
特に好きなものを食べて感動している時の顔は、キスを交わした後の顔と似ていて胸にくるものがある。ナマエに伝えるのは流石にできないのでなぜ凝視してくるのかと言われたときはうまく流したが。

彼女がホリデーで家に来るということは、この顔を毎日見れるということだ。早く来ないものか思いながらナマエが食べ終わるのを待った。

「ナマエさん、歯磨き用のブラシ持って来た?」
「うん。そういえばなんでこれを?」
「俺が歯磨きを見ようと思って。弟たちによくしてやってるし、夜にケーキを食べたから早く磨いとかないとな」

トレイにとって今日の一番の目的はこれだった。

*


歯を磨き終わって口をすすぐ。
トレイにきちんとブラシが使えていると褒められたが、喜んでいいのか微妙な気持ちになった。
洗面台で二人で並んでいるのは妙な気分だった。ナマエはルームウェアに上に羽織るカーディガンを持って来ているだけだし、トレイもラフな格好をしている。
もし結婚すればこんな感じなのだろうかとナマエは考えたが、結婚前に死んでこちらに来たのだから何がどうなるかわからないし、いまいちトレイとの生活というものが想像できなかった。

トレイがウキウキとこちらを見ている。人のことは言えないが(ナマエは変わっていると言われたことは数え切れないほどある)、彼も変わった人なのかもしれない。

「ナマエさん、口見せて」
「…どうしても?」
「どうしても」

口の中を見られるのはどうも気恥ずかしい。ナマエとなって英国人として生きていた分、口臭や歯の白さは気にかける癖が付いているが、それでもやはり好き好んで見せたいものではない。向こうの魔法使いに歯を白くする魔法なんてものを使っていた人もいるが、ナマエは下手したら歯が溶けると聞いてから歯磨きは入念にしている。

どうしてもトレイが歯磨きができているかチェックしたいと言うものだから、ナマエは目を伏せて口をおずおずと開ける。
その様子を見ていたトレイが嬉しそうにしていたのだが、ナマエは気付かなかった。

「…うん、綺麗に磨けてる」

顔を固定するように両手で頬を抑えられて、いつも大分上にある顔がすぐそこにあるものだからナマエは不思議な気分だった。こんなに近いのはそれこそキスをする時ぐらいで、少し心が跳ねる。
彼の親指が、いい子いい子と撫でるように頬の上をそわそわと動くものだから、余計に意識をしてしまったのかもしれない。

ようやく彼の顔が離れて、一息ついた。ポンポンと頭の上に彼の手が乗せられて、こういうところが兄らしいなとナマエは思う。

ナマエ・ブラックには弟が二人いたが、兄はいなかった。兄のような人はいたが、従姉妹の旦那であるから本当の兄ではないし、魔力のあるブラック家でスリザリン寮、どこかに嫁にやって勢力を広げられるという有望株ということもあって彼は目をかけていただけだろう。

ナマエ自身は姉だが、一人っ子のような雰囲気があるとよく言われた。末っ子ほど上の兄弟から甘やかされている感じはないが、なぜか目を離せないし、構ってやらないと気が済まないのだと学生時代同室だった女の子に言われた。

トレイは何かと自分を甘やかしたがるから、たまにはこっちも甘やかしたいと思いながら彼の琥珀色の目を見る。
キョトンとしていたトレイだったが、ふと何かを思いついたようで、目尻を甘く蕩けさせながらナマエと同じ目線にかがんだ。

「でも綺麗に磨けてるから、ちゃんと(、、、、)キス出来ないのが残念だ」
「!?」

トレイは顔を真っ赤にするナマエを見て片眉を下げて笑いながら、彼女の唇に指を這わせ、軽く触れるだけの口づけを送った。




戻る


ツユシグレ