金にうるさい女
ナマエは金の亡者である。
ポムフィオーレ寮に属するナマエは女でありながら魔法で姿を変えて学園に通うツワモノであった。
既に彼女が女性であると気付いている者は何人かいるが、
そもそも彼女の一族は男性と女性どちらも持つ才能者が多いことで有名であるからバレたところであまり問題はないのだが。
さて、ややこしい理由があってここにいる彼女だが、決して不自由な暮らしを送ってきたことなどない。むしろかなり裕福な家庭で、金銭面で困ったことなど一度もないだろう。
そんなナマエが金をどうして生徒からかき集めているかというと、金は裏切らないことを知っているからということと、することがあまりないからである。
そしてさらに言うと、彼女は卒業後大手を振って家を出るつもりだった。
そんな彼女の金ズル…もといお客様は沢山いる。
ポムフィオーレ寮に所属したことは神のお導きであった。まず彼女を女性と疑う人間のほとんどはそこで納得をする。あのポムフィオーレ寮であるなら見間違えても仕方ないと。
それもありがたいが、何より化粧品が飛ぶように売れるのだ。
「御機嫌よう、皆様。本日放課後、待望の新作リップを限定二十個発売させていただきます。
申し込み用紙をご希望の方はここ、談話室に置いておきますので昼休みにはご提出ください。厳正なる抽選をし、当選者様のお名前をお呼びさせていただきます」
「!!」
「新作ですか!?」
「はい。そして特別会員の方々様には、全カラー購入権と、次作チークのサンプル、前回高評であったフィニッシュパウダーを格安販売させていただきます。今回惜しくもロイヤル・クォーツに選ばれなかった方々、是非とも次回の挑戦お待ちしております」
ナマエの作った化粧品ブランド、”jewelry a” は有名ブランドである。
創設者権開発者が学生ということもあるが、何より彼女の作品は名の通り宝石のような芸術品ですらある。
そして、彼女と同じくして学園に通う者たちは、学友サービスで一般販売より早く入手することができるのだ。
特別会員、ロイヤル・クォーツは寄付額、特別審査によって決められる。主に名家の御子息がそれに値する。
ちなみに学生内の特別会員がそう呼ばれるだけで、外部では有名セレブや女優など、競争人数が多く争って特別会員になろうとする分特典も豪華になる。
そんな競争率の高い会員のトップ、ロイヤル・クォーツの筆頭であるのはヴィル・シェーンハイトだ。
「アンタ、もう新作作ったの?」
「ええ。後ほどお部屋に持っていきます」
「助かるわ。あとでお礼をあげる」
「御厚意感謝します」
特別収入にナマエはこれ以上ない笑みを浮かべている。
同寮はひっそりとコスメの神様と呼び、彼女の守銭奴具合を知っている一部は銭の神様と呼ぶ。
昼休みまであと1時間。
ナマエは植物園に来ていた。応募用紙がいくつあるのか気になって、授業どころではなかったという言い訳の元、堂々とサボりに来ている。
「おや、レオナさんじゃないですか」
「…ナマエか、相変わらず胡散臭い顔だな」
「まあなんと失礼な!でも面白かったので王妃様にお話ししても?」
「お前な…」
レオナとナマエは学園に入る前からの顔見知りだ。
お互い群れるような質でなく、一度話してしまえば会話のテンポも良くて、落ち着く。
彼との関係は何かと言われるとナマエは悪友であると嬉しそうに言うだろう。
そしてかの王妃様はお得意様の一人である。何が転んでそうなったのかはわからないが、よく話し相手兼商談としてナマエは呼び出されていた。
レオナはナマエと仲良くしておくように、と言われているがそんなことしなくてもコイツは引っ付いてくると思っていた。
「うふふ…私は今ご機嫌なので勘弁してあげます」
「どの口が言ってんだ…」
気の知れた仲だ。二人して横になる。
こうして隣に並ぶと偶にレオナが顔を髪に擦り付けてくるときがある。今だってそうだ。
以前何故か聞いたことがあったが、濁されてしまった。ナマエは彼なりに気を許しているということかと気にしないようにしている。
なんとなしに、ここへ来ると近状報告をしてしまう。
彼のことも聞きたいが、見ての通りというか、いつも通りなので結局話すのはナマエの方からばかりであった。
「今日は寮長がお小遣いくれるんですよ」
「お前…」
「なんです?彼が私のことを愛してるからってくれるんですよ」
「お前の作るもん愛してるからの間違いだろ…」
彼はよくナマエのことを知っている。でもこういう風にふざけていても他の雄に気に入られているのは気に食わない。
学園に来る前は睨みを利かせていたおかげでほとんど言い寄る人物はいなかったが、ここでは今がチャンスと言わんばかりに近づくものも多い。
「君のところの…誰でしたっけねぇ。一年生で赤髪の子です」
「知らねぇ」
「知らねえって…その子に口説かれたんですよ。断りましたけど」
「はぁ!?」
「今ではお得意様です」
「本当にそういうのが得意だな…」
レオナはイラついていた。ナマエはすぐ誰かの懐にスルリと入ってみせる。
だからこそいざという時に逃げられると困ると放しっぱなしにしていたが、そうもいかなくなってきたのかも知れない。
ナマエが自分を他とは違う扱いをしているのは知っている。商売上手な彼女は、どういうわけかレオナには何も持ってこないのだ。
情報であったり、物を売りつける素振りはするものの、実際に金を取られたことはない。
自分だけ優位であったのに、彼女の寮長を筆頭に近づきすぎている人物が多い気がする。
同寮の者は、自身の香りがするナマエを狙わないだろうと思って見張っていなかったのが裏目に出たらしい。
「そういえばこの前ですけど丁度その子に恋人かって聞かれましたよ。レオナさんが誰かといることが珍しいって。だから断ったのかですって」
「はぁ?」
「大笑いしちゃいました。ちゃんと訂正しましたけど、もうちょっと寮の子と仲良くした方がいいんじゃないですか?私も恋人作るべきでしたかねぇ」
「……」
ナマエはいつもの揶揄いのつもりだった。
何かに触れたのか、無言でレオナが近づいて来る。
首元に彼の顔が置かれる。何を、と離れようとすると頭の後ろを抑えられて、皮膚に彼の唇が触れた感触があった。小さく音を立てて彼が離れる。今間違いなく彼は自身の首に口付けた。
「なにっ、何して…!」
「これで誤解じゃなくなるな?」
一体どういうつもりだ。ナマエは目を白黒させている。
すぐにハッとして、どうしてだとか、これは被害額とんでもないぞだとか考えたが、目を細めて口角をあげる彼を直視できず、下を向いた。
ナマエは人の思考を汲むのが得意だ。レオナの思考に気付いて、気付いていないフリをしたいのだろう。
それを見たレオナはナマエ顎を掴んで上げ、宣戦布告する。
緑の瞳に飲み込まれそうだった。
「他所の雄に尻尾振れないようにしないとなァ?」
「…私は、高く付きますよ」