シフォンにおかえり
「おかえりなさい」
「いい子にしてたかナマエ」
「私が悪い子だった時ってありました?」
読んでいた本を閉じて授業の道具を預かる。
授業で隣に立つことはないが、補佐としてもう一年も働いていると何を求められているか分かるものである。
基本的には一緒に後片付けまでしているが、彼に”待て”と言われた日は少し変わる。
最後の授業が終わればその後に夕食を一緒に食べるためだ。
最初の方は待てなんて言われもしなかったのだけれども、残って質問をしたり、片付けに名乗り出る生徒に断りを入れたり、そういったことが増えることにより、ある日突然言われたのだ。
「おすわり!俺の賢い仔犬ならわかっているだろう?」
「…片付けが遅すぎますね」
「グッドガール!そう、そうだ。だから俺が”待て”と言った日は片付けをするな」
「え?…職務怠慢では?」
「仔犬!俺が”待て”と言った日は?」
「…片付けをしない」
「そう、いい子だ」
最初は生徒との関係を見直すべきということを遠回しに伝えているのかと思っていたのだが、よくよく考えると彼はそうであるなら直接言うだろう。
そして”待て”の日は必ず一緒に食事をするのだ。
大体は彼が食事を用意している。餌の世話も大切だ、ということらしいが。
「一緒にご飯を食べたいのなら普通に誘ってくださればいいんですよ」
「悪いことを考えてるのはこの頭か?ン?」
「痛い痛い」
握り拳でコメカミをグリグリされた。
デイヴィス・クルーウェルは指導権を握らずにはいられない質だ。
例えばそう、思い通りに事が済んだとして。
それをわかったかのように普段笑わない女がこちらをニコニコ見ていたらどうだろう。
その女が居ることで嬉しく思う人もいれば、恐ろしく思う人もいるだろう。
彼は違う。”躾直さねば”と思うのだ。
「…ナマエ。これはなんだ」
「のど飴です。デイヴィスさん喉痛めていたでしょう?」
黙り込む。そしてすぐに飴を口に含んだ。
「口を開けろ」
「?」
「く、ち、を、あ、け、ろ、と言ったんだ」
「…はぁい」
こんなに色気のない口づけがあるだろうか。
結論から言うと必要のないナマエの口にのど飴が移動した。驚くことなかれ、この飴は彼女特製の効果保証付きのど飴だ。
つまりとんでもなく効果はあるが恐ろしくマズイ。
「デイヴィスさん」
「なんだ」
「お返しです。んっ」
のど飴の攻防はどちらも苦い顔をして終わった。
「おふろ上がりました〜」
「随分早いな。きちんと毛繕いしたんだろうな?」
「もちろんですよ。一緒にいる時間増やすためにデイヴィスさん頑張ってくれているから、ちょっとだけ早く上がりたくなったんです」
「…グッドガール、随分と余裕だな?」
「えっ、いやそんなことないです待って待って待って」
ナマエは些細なことによく気付く。それがデイヴィスが気付いて欲しくないところでも。
そして彼女は”気付いて欲しくない”ことを気付いているはずなのだ。
「ナマエさん最近よく怒られてますね」
「色々わかるようになりましたからねぇ」
「もうわざとやってるのかと思いましたよ」
「あら、トレイくんにはバレてしまいましたか」
「え゛」
「こっちに気付かれないと思ってる所が可愛いですよね」
「ナマエさん…後ろ…」
「さて俺の仔犬。今日躾けないといけないのはなんだと思う?」
「…うふふ、私のお口ですかね…」