『プロヒーロー、ダイナマイトガールに迫る夏』

読んでいたファッション誌は夏も近いということで、可愛い水着やら浴衣やらを紹介した後にグラビア顔負けのスタイルを誇るヒーロー達の特集を組んでいた。マウントレディの事務所の後輩だというダイナマイトガールはその名に恥じぬ素敵なスタイルの持ち主で、事務所の方針でメディア対応にも入れるためテレビや雑誌では見かけることが多い方だ。

「……」

別に彼女が嫌い、というわけでもない。顔は可愛いと思うし、忙しいヒーロー業の傍らそのスタイルを維持しケアする大変さは同じ女として尊敬に値するレベルだ。テレビを通してでしか知らないけど、性格だって一本気で気持ちの良い女性だし。ただ一つ気にかかっているのは、この奔放なスタイルを持つ人が私の彼氏を番組共演時に気に入ったのか頻繁に連絡がくる、という点のみ。
何だかなあ。誰もいない部屋で声に出すのは虚しいから心の中で呟いた。

『明日のこの時間はー?』

気晴らしにつけたテレビはちょうど予告が流れていて、以前二人が出ていたバラエティ番組が再び放送するというものだった。『ダイナマイトコンビの命運やいかに?』なんて文字で締め括られた動画を見て、流石にタイミングが悪すぎやしないかと笑ってしまった。
くだらないことを考えていても仕方ない。ダイナマイトガールから彼に連絡が来るのも、彼が忙しくて最近全くといっていいほど会えていないのも、雑誌の特集やテレビ放送も誰が悪いわけでもないのだ。こんなの気にしていては彼に鼻で笑われるだろう。明日には帰ってくるとも言っていたし、夏に向けて辛味倍増の麻婆豆腐でも作ってあげるべく買い物メモに材料を書き足した。

「勝己くんお帰り、京都はどうだった?」
「……お前よくあんな回りくどい奴らに囲まれてイライラしねえな」
「なんか言われたんだ?見た目通りきちんとしてはる人やねえ、とか?」
「やめろ、もう当分聞きたくねえ」

チームアップで呼ばれた京都から帰ってきた彼はいつもより不機嫌そうだった。京都の大きなプロヒーロー事務所はほぼ地元の世襲制だから、所謂生粋の京都人だ。学生時代よりはマシになったとはいえ、彼の直情型とも言える性格ではこうなるだろうなとは思っていたけどあまりにも予想通りで思わず笑ってしまった。
「何笑っとんだ」重い声が飛んできたから話題逸らしにキッチンへ逃げ込み「麻婆豆腐作ったから早く食べよ」と支度を進めた。

『さあここでダイナマイトガールが挑戦するのはー?!』

そういえば昨日はあの後一度もテレビをつけなかったからチャンネルもそのままだったのか、とテレビを起動させた後に気づいた。目の前に本人がいるのに出演番組を見るのもどうかと思うが、ここで切り替えるのもあからさまに意識をしているのが伝わってしまう危険がある。学生時代から変わらぬ年の差を盾にあれやこれやと揶揄っている身としては、こんな些細な嫉妬を気づかれるわけにはいかない。

「これ、前に評判になってたやつでしょ?ダイナマイトコンビって」
「……あいつとコンビ組んだ覚えはねえぞ」
「またまたあ。個性も一緒でお似合いじゃん。最近はコンビ売りも増えてるしいいんじゃない?」

こんな軽口でも叩かなければ二人で助け合いながらミッションを成功させるバラエティなんて見ていられない。事務所の方針なのだろうがダイナマイトガールはいつだって身体の線を強調する服で出演していて、見せつけんがばかりに彼へ話しかけたり触れたりとやりたい放題だ。そういう番組だと言われればそれまでだが。
彼はその見た目に反して空気を読むことがうまく、過激な発言も上手に使い分けているからバラエティでは重宝されるそうだ。前にも一度このコンビで話題になっていたし、この番組の評判が良ければきっと違う番組でも二人を見かけるようになるのだろう。

「たかだか同じ個性ってだけで何が似合ってんだよ。どいつもこいつも適当なこと言いやがって」

舌打ちでもしそうな苦々しい彼の表情に半ばホッとしている自分がいる。
こんな試すような真似をするのは彼に失礼だとわかっているのだが、あんなに魅力的な女性と『相性抜群ダイナマイトコンビ!』なんてナレーションで言われていては気が気でないというか。しかしそれを直接言うには私の普段の行いが邪魔をする。年上の特権とばかりに散々彼を揶揄ってきたのに、ここで嫉妬していることがバレたら百倍にして返されるのは目に見えているのだ。それは避けたい。

「……なあ」
「何?」
「お前……なんか今、機嫌悪いだろ」

こういう人の機微に聡い所が彼の魅力であるものの、気づかれたくない今の私には天敵のように思えてしまう。私のこんなちっぽけな嫉妬など気にしなくていいのに。彼が彼女と相性抜群と謳われるのもあくまでバラエティ上の演出であり、実際の二人には何もないというのだから。

「んー?なんかって?」

うまく誤魔化す術が思いつかずに卵スープを飲むフリをして顔を隠した。我ながら美味しく作れたと味見した時は思ったのに、なぜか今は味気なく感じる。

「あいつとは──……あ?」

彼の声につられて視線をたどると机の上に置いていた携帯が着信を知らせていた。仕事から帰ってきたばかりだというのに出動要請か何かだろうか。ヒーローは警察の要請があれば日夜問わず街に繰り出しているのだし、と考えが頭をよぎるもののそんな予想は見事に打ち砕かれた。

『着信中 ダイナマイトガール』
「……」
「え、出ていいよ?」

私を気遣っているのか電話を見つめ続けている彼を促した。流石に仕事の話であればそちらが優先。それくらいでどうこう言うほど器量は狭くないと自負している。

「……んだよ」
『あっやっと出た!出るの遅くないですか?もしかして番組見てました?』

何故か彼はスピーカーモードで通話を始めた。彼女と電話をしようがそれくらいのことで妬むわけないと思っていたが、実際に話している所を聞くとなると話は別だ。テレビで聞いていた可愛らしい声が彼の携帯からも聞こえてくる。たった二回バラエティで顔を合わせたとは思えぬ距離感のようにも思えるのは、私の被害妄想なのだろうか。

「誰が見るかあんなの」
『でも後ろから音聞こえてますけど?』
「俺が見てるわけじゃねえ!」

随分とテンポのいい会話だな。雄英にいた頃のクラスメイト達とのようだ。たった二回の仕事でこれなのだ、続けば更に距離が縮まってしまっても不思議ではない。ため息を吐きそうな口に麻婆豆腐を押しこんだ。

「用件言わねえなら切るぞ。こっちは飯食ってんだ」
『用件っていうか……あ、この前ショートくんと会ったんですよ。ショートくん知ってます?』
「知…………らねえこともねえ」

彼の天敵とも言える元クラスメイトの名前に彼の眉根が寄った。知らないわけないのに、それを認めることさえ嫌なのかと面白くなって声を出さないよう笑っていたら睨まれてしまった。ごめんね、とひらひら手を振って見せれば気は済んだようで「あいつがどうかしたのか」と返事をしていた。

『ダイナマイトと友達になったんですけどなんて呼んだらいいと思います?って相談したら「爆豪でいいんじゃねえか?俺もそう呼んでる。かっちゃんって呼ぶ奴もいるな」って言われて』
「言われて、じゃねえよ!お前と友達になった覚えもねえ」
『で、考えたんですけど、ダイナマイトって爆豪勝己って言うんですよね?勝己くんて呼んでも──』
「呼ぶな」

低い声だった。取り付く島もないとはこの事を指すのだろうか。彼は今までの苛立ちも全て顔から消え、ただただ無表情で携帯を見つめていて、私でさえも背筋が冷えるほどに感情が消え失せていた。

「お前と仕事以外では絡まねえ。ヒーローネーム以外で呼ぶなら仕事も断る」
『えっ……え?』
「聞こえたか」
『……うん、わかりました。ご飯中にごめんね!』

トン、と彼の指が通話終了の赤いボタンを押して途端に部屋は静かになった。

「……」

勝己くんと呼んでいるのは私が知る限り、私だけだ。幼馴染のあの子は彼をかっちゃんと呼び、轟焦凍をはじめ友人──と称すると彼は怒るけれど──は皆彼を爆豪なり爆豪くんと呼んでいる。
彼が雄英を卒業して、ようやく付き合える状況になった時に変えたこの呼び方は私にとって大切に思っていることの一つだった。私しかしていない呼び方、なんて子供じみた独占欲ではあるけれど、常に一緒にいられるわけでもない私にとってはなくてはならないものだったのだ。
そんな風に思っているのは私だけだとばかり思っていたのだが、もしかしたら彼も同じように感じていてくれたのかもしれない。この呼び方をしていいのは私だけだと。だから今、気まずそうに携帯へ「クソが」と悪態をついているのだろう。

「……ニヤニヤしとんな」
「し、してないよ」
「機嫌はなおったんか」

彼がきちんとダイナマイトガールを拒絶してくれて、尚且つそれを聞かせてくれた事で小さな嫉妬心は塵と化したらしくいつものように胸を張って彼を揶揄うことができる。
電話中に食べ終えたから食器を流し台に持っていきながら「……ぎゅってしてくれたらなおるかもー」なんてケラケラ笑いながら返事をしてみるとやけに彼が静かで、気になってキッチンから顔を出すと彼は耳を真っ赤にして麻婆豆腐の皿を見つめていた。もしかして、本気に取ったのだろうか。

「いやいや、いいよ!冗談だよごめんね!?」
「……は?てめえ人のことからかっとんのか!」

いつものノリで揶揄っただけでそんなに悩んでくれるとは思わなかった。ダイナマイトガールとのあれこれで私が妬いていたのに気づき、フォローをしようとしてくれたのかもしれない。

「そんなに本気にすると思わないじゃん。ごめんって。ね?あ、食べたらお皿持ってきてねー」
「……おい」

スキンシップなんて最も苦手だろうに、するかしないかを悩んでくれただけで私には十分だ。というか、あんなに真っ赤になった彼のせいでこちらまで恥ずかしくなってくる。
流しで冷水を出し、跳ね上がった体温を下げようと皿洗いをするフリをして手を冷やしていると、後ろで足音がした。

「え?」
「しろって言ったのお前だからな」

不器用な形のハグ。背中越しに伝わる彼の心音が私と同じくらい速くて、彼も一生懸命私を想ってくれているのだなとダイレクトに伝わってきた。全くの冗談のつもりだったのだが、まさか本当にやってくれるなんて。
でも普通洗い物をしている彼女にやることだろうか、なんて軽口を言ったら今後一年はやってくれなさそうだからそれは心に秘めておこう。




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