マジで恋は計れない

「あ、起きてた」

通話ボタンを押したスマホから聞こえてきたのは、ほぼ毎日行動を共にしているメンバーの声だった。

「こんな時間にどうしたん、明日早いやろ」

「明日のロケ楽しみで寝れなくなっちゃった」

明日は俺と名前、2人でロケの仕事が入っている。確か、最近リニューアルされた遊園地で色々なアトラクションに乗るという内容だったはず。遊園地ロケが楽しみで寝られない、とか、遠足前夜の小学生やん。

「遊園地が楽しみで寝られないとか、名前はいつまでたっても子供やなあ」

「ちがうし!」

「その感じほんまに子供やな、名前ちゃ〜ん寝れないんでちゅね〜よちよ〜ち」

もちろん本気で子供だなんて思ってない。10年以上一緒にいて、名前の成長を間近で見てきたつもりやし。昔は、レッスン中に振付師さんに叱られてスタジオから飛び出して会議室の隅っこで泣いてた名前を慰めるのはいつも俺(かたまに大橋)やったし、仕事が忙しくてあんまり学校に行けてなかった時期には、レッスン終わりに一緒にスタバでテスト対策したり。俺は保護者だったんかレベルでお世話してきた。あ、これ名前に言ったら「別に頼んでないし」って言われるんやろうな。

でもそんな名前も、最近は人一倍真摯にレッスンに向き合って、なんなら俺が教えてもらうこともしばしば。しかも気づいたら俺よりも良い大学出てた。なんでやねん。

もう子供じゃないのはわかってるけど、このままだと、まだ自分でも確信が持てていないこの気持ちの意味がわかってしまうような気がして、必死に堪えている。

「も〜、いつまで子供扱いすんの」

「名前が大人になるまでやな」

「もう大人ですけど!」

ごめんな、もう少し子供でいてくれ。じゃないと俺がどうにかなってしまいそうやから。どうにかなりたくないから、これ以上話をしてしまう前に電話を切ろう、明日が早いのは本当やし。

「はいはい、ほらもう寝よ、目ぇ瞑れば寝れ…」

「あのさ、丈くんはさ、私が遊園地が楽しみで寝れないと思ってる?」

「…それ以外になにがあんねん」

「丈くんと2人で遊園地って、デートみたいで楽しみなの」

内心、そう思ってくれてたら嬉しいなって思う気持ちも1パーセントくらいはあった。いや、1%は嘘、実際は99.9%くらい。でも、それを思うこと自体が今の俺らの関係を揺るがしてしまうと思って必死にしまっていたのに。遊園地が楽しみで寝れない名前ってことにさせてほしかったな。

「お前さあ、それメンバーと2人ロケのとき、みんなに言ってるんやろ、悪い女やなあ」

素直になれない俺はこんなことでしか自分を保てない。だって少しでも揺らいだら、全部が溢れてしまうから。

「ほんっと、丈くんってツンツンツンデレ」

「なんやねんそれ、もう切るで」

「明日のデート楽しみにしてるね」

「だからデートちゃうねん」

「はいはい、素直になりなよ、じゃまた明日」

スマホを見ると通話終了の文字。ほんまなんなんあいつ。急にかけてきて急に切って、俺の気持ちを揺さぶって。いつから俺よりも人の扱い上手くなったん。というか、俺が必死に溢れないようにしていたこの気持ちも、バレてしまっている気がするんやけど、気のせいよな?

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