隣に君がいれば

深夜2時、隣の部屋から聞こえるのは「樹くんあいつローっす」「起こしてください」とか、画面の向こう側にいる先輩と話す声。彼が三度の飯よりゲームが好きなのは周知の事実である。もちろん、本人の好きなものを否定はしないし、やめさせようとかも思っていない、私にだって趣味はあるし、そこはお互い様だ。ただ、今日という日に、2人で同じ家にいるというのに、私はひとり、寝室のベッドの上でSNSを眺めている。今日は2月25日、高橋恭平の誕生日なのに。

メンバー全員での収録終わり、「おつかれ〜」などと口々に言い合っていたところ、隣にいた恭平から、私にしか聞こえない声で「今日来るやろ?」と言われてしまえば、断れるわけがないし、内心自分もそれを期待していた。声を出さずに頷くと、さりげなく頭をポンと叩き「あとでな」と優しい顔で言い残し、他のメンバーの元へ。

メンバーである恭平と付き合うことになったのは半年ほど前。メンバーを好きになってしまった罪悪感から、なにわ男子を抜けようか悩んでいた時、私の様子がおかしいことに誰よりも早く気づいたのは、悩みの種の張本人、恭平だった。普段周りに無頓着のくせに、こういうとこ鋭いんだよな。誤魔化すのも難しかったので、名前を伏せて「メンバーを好きになってしまった」と泣きながら相談したら、「そんなら、付き合えば解決やん」と意味不明な回答をもらった。

「え?誰と誰が?」

「名前と俺が」

「ちょっと待って、誰も恭平だなんて言ってな…」

「でも名前が好きなのは俺やろ?」

「そうだけど…って、は?!」

「わかるで、名前のことならなんでも」

なんなのその自信、気づいたら向こうのペースに持っていかれ、恭平への思いをゲロってしまった。「名前と俺が付き合えば完璧やん」と、何が完璧なのかよくわからないけれど、その日から内緒のお付き合いが始まった。これは後から聞いた話だけど、恭平も私のことが好きだったから私の悩みに気づいたとか言ってた、本当かわからないけど。お付き合いと言っても、公の場でデートしたりご飯を食べたりすることは控えた。いくらメンバーといえども、目立つ行動はできるだけ避けたい、火のないところに煙は立たないって言うし、無駄な火は起こさないようにしないとね。なので、2人で会うときは基本的にお互いの家、どちらかといえば恭平の家の方が多い、何故なら彼はゲームをする人種だからだ。

いつもは別に気にならない、全く気にならないと言ったら嘘になるけど、彼がどれだけゲームをしようが、寝る時には同じ布団にくるまり、同じぬくもりを共有できるだけで、充分幸せを感じられる、単純な女だから。でも今日は訳が違う、付き合って初めての恭平の誕生日、向こうもそれをわかってて家に招いたんじゃないの?なのに日付が変わっても彼が夢中なのは画面の中のゲームとそれを一緒に楽しんでいる先輩。はあ、もういいか、今声をかけてしまえば、マイクを通して先輩にバレてしまうかもしれないし、私が朝まで我慢すれば済む話。今日はお互いオフ(意図して仕組んだのは内緒)なので、少しゆっくり起きても半日は彼の誕生日をお祝いすることができる、そう自分に言い聞かせて目を閉じた時だった。

ガタン!パタパタパタパタ

隣の部屋から少し大きめな物音が聞こえた直後、足音共に寝室のドアが開いた。

「ほんまごめん!」

「…物音すごかったけどどうしたの」

「樹くんに言われて気づいたんよ、今日俺誕生日やんな?」

「自分で言うんかい」

「せやから今日来てくれたんよね?」

「…さぁ?どうでしょう」

「ほんまごめんて、なあ、名前、祝って?」

「だから自分で言わ…」

先輩に言われて気づいた恭平に少しムカついたので、ちょっとそっけない態度をとって反省させようと思ったのだけど、その作戦は彼からの甘い口付けに遮られ、失敗に終わった。

「…ほんまごめん、許して?」

唇が離れ彼を見やると、子犬みたいなきゅるんとした顔でベッドサイドからこちらを見上げていた。そんなの、許すしかないじゃん、ずるい。

「…お誕生日おめでとう」

「うん、ありがと、今からお返しするな?」

「は」

気づいた時には恭平がベッドの上にいて、私の視界には恭平とその後ろに広がる天井。ちょっと、展開早すぎませんか?

「遅れた2時間、今から取り戻させてな」

「ちょっと待って、一旦寝よ、起きたら仕切り直ししよ?」

「むーり、待てへん、俺今日の主役やで」

「だからそれ自分で言う?」

さっきまできゅるんとした顔をしていた人と同一人物とは思えない妖艶な顔をしてこちらを愛おしそうに見つめる彼を目の前にして、これ以上抗うことはできなかったので、このまま身を任せようと目を閉じた。主役の仰せのままに、太陽が昇ったらちゃんとお祝いさせてね。

BACKTOP