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「本日からこちらの営業一課に配属されました、名字です、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

入社5年目にして初めての異動を経験した。もともと社内の庶務を担う課に所属していたため、営業関連の部署は初めてだったことから、新卒でもないのに教育係が付いた。人事異動が発表されてから実際に異動するまでの数週間、その教育係の方とは、何通かメールのやり取りをした。ただ、メールでしかやり取りをしていなかったので顔はおろか声も知らない、メールの送信者「松村 北斗」という名前だけがその時点で唯一の情報であった。松村さんのメールは淡々としていて「名字さんの教育担当を拝命いたしました、松村です。」「初日から外回りの予定があるので、服装等には十分注意してください。」とか。メールの文言から、すごく堅苦しい人、という印象を抱いていたこともあり、勝手に堅物メガネを想像していた、ので、初めて松村さんと対面した時、意表を突かれた。

「松村です、何回かメールでやり取りさせてもらってると思うけど、改めて今日からよろしくお願いします」

私がメールしていたのって、本当にこの人?背が高くスラっとしていて、髪型もセンター分けで清潔感に溢れていて、さらに挨拶の最後に微笑みまで付いてくるハッピーセット。この人、めちゃくちゃ営業向きの人だ。松村さんが営業のプロだと確信できたことの安心感と、普段関わることのない人種(多分)とこれから行動を共にすることへの緊張から、返事がワンテンポ遅れてしまった。

「あ、名字です、至らぬ点ばかりだと思いますがよろしくお願いします」

「あはは、緊張してる?責任持って鍛え上げるから安心してください、早速で申し訳ないけどこれから新年度の挨拶回りに出るから、ある程度身の回りの整理が終わったら声かけて」

「は、はい!」

昨日、残業してまで引っ越し作業、異動先のデスク整理、社内メールの確認などの雑務を行った甲斐あって、特に改めて整理するものはなかったけれど、何もしないのもどうかと思い、とりあえずPCの電源を付けメールのチェックをした。

一通りチェックを終え、松村さんに「終わりました、出れます」と伝えると、「了解、じゃあ行きましょう、名刺忘れないでね」と、私の机の上に置いてある新しい名刺の束を指差してフロアを後にした。指差された名刺を、異動を機に新調したちょっと良いブランドの名刺入れに仕舞い、私も松村さんの後を追った。