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「今日は近場の取引先回るから車ね、ルート覚えるのが今日の名字さんの仕事です」

「は、はい!頑張ります」

「うそうそ、ゆっくり覚えてくれればいいから」

異動先での仕事がスタートしてから半日も経たずして、私は松村さんと2人きりで社用車で移動している。初対面の先輩と2人きりとか会話、どうしよう。しかも松村さんはメールしていた人と同一人物かと疑うくらい優しく、面倒見のいい人で、逆に緊張しちゃうな、いっそ堅物メガネだったほうが業務的に対応できるから楽だったかも。足りない頭であれこれ考えた末に出た言葉は、「松村さんって、何年目ですか?」と何ともありきたりな質問だった。

「何年目に見える?ってこの質問返し、典型的な面倒くさい先輩だよね、面倒くさいと思われたくないのでちゃんと答えます、6年目です、名字さんの1つ上」

「1つしか変わらないんですね」

「それって俺が老けて見えるってこと?失礼しちゃうわ〜」

「いやいや、そういう意味じゃなくて!」

「ごめんごめん、連続でクソダル先輩ムーブかましちゃいました」

松村さんって結構ダ…ユーモアに溢れている人なんだな、やっぱり営業向きの人だ。ちょっと寒いところはおいておいて、この人が教育係で良かった、かも。そんなふうに1人で安堵していると、信号待ちのタイミングで急に松村さんがあっと何かに気づいたような顔をしてこちらの様子を伺った。

「名字さんもしかして中途だったりする?てかします?ごめんなさい、つい入社年数だけで判断してしまって思いっきりタメ口で話してしまいました」

結構細かいところ気にする人なんだな、しかも今更。入社年数が上なんだし、そんな気にしなくてもいいのに…と、思わずふふっと声を出して笑ってしまった。

「あ、これやったわ、人生の先輩である名字さんにタメ口で上から目線で先輩ヅラしちゃいましたわ、本当に申し訳ございません、この無礼をお許しください」

私の笑いに何を勘違いしたのか、松村さんは急に謝り始めたので、さらにおかしくなってさっきよりも大声で笑ってしまった。このまま勘違いしたままでも面白いけど、流石に先輩を騙し続けるのは私の良心が痛むのでそろそろネタバラシをしよう、いやまあ、私は騙してるつもりもなく勝手に松村さんが騙されてるだけなんだけど。

「今年27なので安心してください」

「なんだ〜、俺本気で焦ったからね?まったく、大人を揶揄うのはやめなさい」

「1つしか変わらないじゃないですか、しかも私別に騙したつもりはありません〜!」

気づいたら、最初の緊張は解け、車内の雰囲気が和やかになっていた。これも松村さんが持ってるパワーなのかも、とこれからの新しい課での仕事がますます楽しみになってきた。まだまだ松村さんのことよく知らないけど、さっきぼんやりと思った「松村さんが教育係で良かったかも」という感情は、「松村さんが教育係で良かった」と、確信に変わった。