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「鈴木さんと名字さんの歓迎会、来週の金曜日で大丈夫?」

課長からそう告げられたのが先週の木曜日。そういう場もお酒もあまり得意ではないけれど、歓迎してもらう立場で断るわけにもいかないので、「はい、大丈夫です」と二つ返事で承諾した。今年度からこの課に配属されたのは私含めて2人、もう1人の鈴木さんは6つ上の先輩で異動して早々、私とは別の係の係長としてバリバリ仕事をこなしている。そんな鈴木さんが行くのであれば尚更断りづらい。新しい課での仕事や人間関係はとても良好ではあるので、最初くらいはちゃんと行くか、と重い腰を上げた。

迎えた当日、オフィスから程近い場所に位置する居酒屋で私と鈴木さんの歓迎会が幕を開けた。主役ということで、ありがたいことにたくさんの上司、先輩、後輩が話しかけてくれ、お酌をしたりされたり。お酒が得意じゃないとカミングアウトするタイミングを逃してしまい、こっそり頼んだ烏龍茶をチェイサーにし、なんとかその場をやり過ごしていた、つもりだった。

会もだんだんと終盤にさしかかり、主役の私たちをほったらかしにみなそれぞれ楽しんでいるのを確認し、お手洗いへ行くために席を立った。お座敷席だったため、サンダルへ履き替えようとしたタイミングで、ずっと座っていたせいか急に頭にお酒が回り、目眩がした。咄嗟に、そばにあったはずの柱を掴んだつもりだった、のだが、掴んだものは無機質な柱とは思えない温もりがあった。

「っと、名字さん大丈夫?」

私が咄嗟に掴んだのは、柱ではなく松村さんだった。幹事の松村さんは、出入り口に一番近い場所に座っており、私の失態を間近で見ていたわけだ。

「ごめんなさい、お恥ずかしいところを…」

「恥ずかしいとかじゃないでしょう、はい、ちゃんと掴まって」

「だ、大丈夫です!ちょっとふらついただけなので」

「それがダメなのよ、ほら、近くまで一緒に行くから」

「…すみません、ありがとうございます」

お酒のせいで正常に機能していない頭のせいで、先輩のお言葉に甘えてしまい、松村さんはお手洗いの近くまで手を引いてくれた。そして「ここまで来ればもう大丈夫かな、何かあったらすぐ店員さんに声かけて」と、少し離れた位置から私がお手洗いに入るのを見届けて、席に戻って行った。そういう女性を不快にさせない気遣いも、さすがとしか言いようがない。先輩に恥ずかしいところ見せちゃった、ダメな後輩だと思われちゃうな〜、などとトイレの便座の上で自己嫌悪。来週からまた気合い入れ直して仕事で挽回しないと、とお酒に飲まれ気味のぼんやりとした頭で自分に喝を入れる。まあ、この酔い具合だと、どうせ明日には忘れてそうだけど。

トイレで休憩した甲斐もあり、少し回復した状態で席に戻ると、松村さんがそれに気付き、そっと耳元で「うん、さっきより顔色良くなったね」と、まるで私のことを心配してくれていたかのような声をかけてきた。突然の出来事に動揺して「へ、あ、はい!ありがとうございました!」としどろもどろになりながら答えると、お得意のキラキラスマイルと頷きを残し、幹事の仕事に戻っていった。え、何?あの距離感。異性の耳元で優しい言葉囁いてくるとか人たらしにもほどがあるだろう。やっぱりこの人、営業向きすぎる。

胸の奥に微かに残ったドキドキは、普段あまり飲まないお酒のせい、だよね。