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「蕪木さん、教科書忘れたから見せて」
「蓮巳くん、忘れ物多い気がするのは私の気のせい?」
「気のせい気のせい」

学校にはとっくに慣れた。元々順応は早い方だったし、どちらかと言うと、今まで一人暮らしをしていたのがいきなり知らない人と暮らし始めたという家の方が正直きつかった。気を遣う。そして遣われる。学校の人達にはまだ家族の訃報は伝わっていないから気楽だけれど、家に帰るとそれとなく気遣われているのが分かってしまう。あまり家にいたくなくて、委員会だからと朝早く家を出るのは完璧に日課になった。

「蓮巳くんて頭良さそう」
「まっさらなノート見て言うことじゃなくない?」
「うん、でも、その分先生の話きちんと聞いてるから」

何となくそうかなって。
授業中、先生が教材を取りに教室を出た時に話しかけてみた。教科書をよく忘れる彼に机をくっつけて見せるのは多くて、その度にただ開いてあるだけのまっさらなノートが目に入る。最初はノートとらないの?とびっくりしたけれど、その分真剣な目で黒板を見つめる彼は、多分頭の中のノートにでも書き込んでるんだろうなと思うようになった。
私はというと、とっくの昔に勉強した内容なので所々忘れている所はあるけれど教科書を見れば思い出すので余裕も余裕。暇つぶしがてら綺麗にノートを纏めるようにしていると、「蕪木さんはすっごい真面目そう」と蓮巳くんが言ってきた。

「そうかな」
「うん。多分、全部に対して真面目そう」
「全部?」
「なんていうか、俺ならなんとかなるかって思う様なこともめちゃくちゃ考えてそう」
「それは……ちょっと当たりかも」

最終的にはなんとかなるって行き着くこともあるけれど、それまではかなり悶々と考える方だ。大概が感情論で、しかもネガティブになり気味かもしれない。言われて気付いたけれど、私は多分この身体の子とは真反対な性格をしていそうだ。

「本当は、嫌なんだけどね。こんな自分」
「そうなの?」
「うん、考えるより行動する人になりたかったよ。今からでも、変われるかな」
「さあ、知らないけど」
「ふふ、そうだよね」
「無理に変わらなくてもいいとは思うけどね」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうだといいな」

蓮巳くんは言葉は少し素っ気ないけれど、実はとても優しいことを言ってくれる。グイグイ来るわけでもなくてただちょっとした助言をくれるようで、その距離感がとても心地いい。

「蓮巳くん、モテるでしょ」

授業も終わり、休み時間。友達がいないという訳ではないけれど、わざわざ休み時間に毎度つるむようなことはしない蓮巳くん。少し口が暇で、くっつけていた机を戻す蓮巳くんに、頬杖を付きながらぼんやりと口を開いた。

「ないない」
「えー、うそだよ」
「ほんとだし。嘘ついてどうすんの」
「じゃあ、謙遜?」
「いやほんと、ないよ」
「そうなんだ。みんな見る目ないね」

素直に転がり落ちた言葉に、蓮巳くんが目を見開いた後、引いたような目でこちらを見てきた。えっ私そんなひどいこと言った?

「見る目ないのは蕪木さんなんでは」
「ええ、ひどいなあ」

容赦のない言葉にふふっと笑いが零れる。こういうやり取り、実は好きだ。他愛ない話も、言葉遊びのようなやり取りも、好きだ。

「最近笑うこと増えたね」
「え、そう?」
「最初の頃はなんかもう作り笑顔ですーって感じで無理だった」
「無理とかひどい」
「最近はそうでもない」
「あはは、無理じゃなくなった?」

何気無しに冗談交じりに聞いた言葉に、蓮巳くんがつまらなそうな、というか悔しげな顔をして「寧ろちょっと居心地がいい」と言った。顔と言葉が合って無さすぎてまた私は笑ってしまった。

「私も、蓮巳くんと話してると辛いこと忘れられるよ」
「……辛いこと、あんの」

あ、しまった。何の気無しに言った言葉だったのに、彼の中で引っ掛かってしまったらしい。無いと言えば嘘だけれど、わざわざ言うことでもない。

「生きてれば、そりゃきついことあるよ」
「なんか大人っぽいこと言ってんね」
「大人だからね」
「同い年でしょ」
「ふふ」

実は違うって知ったらどういう反応とるのかな。それでも蓮巳くんは、なんだかんだ受け入れてくれそうだな。そうだといあなあ。
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