21

「……なにそれ、イメチェン?」

いつもは触れてほしくないないことを見事に触れずにいてくれる蓮巳くんが、珍しく遅く登校してきた私を見てズバリと朝から突っ込んできた。

「イメチェンっていうか、気を引き締めようと、思って……?」
「いや俺に聞かれても」

昨日は色んなことがあって、最後の最後にどでかいことがあって、まっっったく、寝られなかった。いやうそ、少しだけ寝た。寝付いたのが朝方だったから見事に寝坊した。睡眠不足による目の赤みを隠そうと伊達メガネをかけて、時間が無くてボサボサだった髪を慌てて左右で三つ編みにしてみた。昭和女子っぽいけど、もうなんかそれもありかと思って。変かなと聞くと、「いや変ではないけど」と言われた。ならいいや。

「蕪木さんってたまに変だよね」
「それは中身の話?」
「そう」
「失礼な」

伊達メガネの向こうで少しだけ蓮巳くんが笑う。前々から思っていたけど。

「蓮巳くんってお兄ちゃんみたい」
「は?」
「お兄ちゃんいたことないけど」
「適当すぎない?」
「へへ、でもいたらこんな感じかなって思う」

歳が一緒だから双子になるかもしれないけど。そう笑うと「こんな生意気な妹は嫌だ」と言われた。失礼な。

「そういえば今日俺たち日直です」
「えっ」

そう言われて黒板を見ると日直の欄に蓮巳と蕪木の文字が並んでいる。しまった。全く覚えていなかった。日直は朝から教室の花の水替えと、黒板チョークの補充、日誌を先生の元に取りに行くという仕事がある。全部蓮巳くんがしてくれてたようだった。いつも早くに来ているのにこんな日に限って寝坊するなんて、最悪だ。ごめんねと謝る私に、「そんな大した仕事じゃないし構わんよ」と手をひらひらとさせた。
日直になった人は、その日の授業の黒板消しも担当する。授業が終わる度に黒板を消すのだけど、まあこれが上の方が届かなくて、必死に飛び跳ねる私を蓮巳くんは暫く口元を押さえながら観察し、恥ずかしくなった私が「身長の高くていらっしゃる蓮巳くんよろしくね!!」と黒板消しを押し付けるのが流れになっていた。それを見ていたクラスメイトが「2人めっちゃ仲良くない?」と言い出した。

「うん、仲良いよ」
「え、いいの」
「寧ろ悪いの!?ショックだよ!?」
「いやそういう会話してる時点で仲良いから諦めなよ蓮巳」
「そうだよ諦めて蓮巳くん」
「まじかー」
「ていうか2人付き合ってたりしないの?」

ズドンと爆弾。みんなその手の話大好きだね。
固まった私を蓮巳くんがちらりと見てきて、あー、と言った。

「そういうのは無い」
「えー、でもお似合いだよ」
「うんうん、付き合っちゃえばー?」
「あ、あはは、そんな、蓮巳くんに失礼だよ」

と私。

「そんなことないよ!ほんとお似合い!」
「美男美女カップルだよなあ、2人とも頭良いし」
「これが、蕪木さんの相手がダメツナとかだったらさすがに釣り合わないけどな!」

どくんと心臓が大きく鳴った気がした。その一言に同調して笑っているクラスメイトの声が、遠くに聞こえる。困ったように笑っていた私が突然黙り込んだのに、蓮巳くんは気付いたようだった。

「つーかそろそろ先生来るから、みんな席ついて。怒られんの俺イヤ」
「えっ、あっまじだ、次社会じゃん!あの先生厳しいもんな!」

蓮巳くんの一言で集まっていたみんながばらばらと席に帰っていく。俯いて動けなかった私の頭に、ぽんと軽いチョップが降ってきた。ぽつりと彼の名前を呼ぶと、なんとも言えない顔で「ほら席戻るよ」と背中を押され、先を行く彼についていく。私は今、どんな顔をしているんだろう。



放課後、日誌を書くために蓮巳くんと教室に残る。彼も帰宅部なので最後まで残ってくれるそうだ。部活や下校のために教室にはもう人はいなくて、2人きりだった。
あの後はなんとか立ち直って普通にしていたけれど、蓮巳くんは、たまに空気を読まない。

「蕪木さんってさ、沢田が好きなの?」

カリカリと日誌を書いていたシャーペンが止まる。頬杖をついて隣の席から私を見ていた蓮巳くんが、今日2度目の爆弾を投げてきた。そりゃあ、バレるか。何も言わない私に、蓮巳くんが「そっかー」とだけ言う。

「誰にも、言わないでね」
「言う奴いないから大丈夫」
「はは、そっか」

それだけの会話をして、また暫く沈黙。またシャーペンを動かし始めて、少しして止まる。集中できない。隣からの視線が、すごい。むずむずとした感覚にぱっとそちらを見た。分からない、ただ私を観察するように、でもどこか空を見てるようなそんな目がこちらを向いていた。

「蕪木さんと沢田、接点あったっけ」
「……ない」
「いつから好きなの?」
「……」

ずっと、ずっと前から好き。もう10年は越えている、言うなれば出会う前から、ずっと好き。そんなこと、言えないけれど。

「アタックとかしないの?」

純粋なその疑問に、ぎゅっとシャーペンを握りしめた。ぱきっと芯が折れる音がする。

「出来るわけない」
「……そっか」
prev next