26

「蕪木さん、帰るよ」

授業も全て終わった放課後。蓮巳くんがシャッとカーテンを開けながら顔を出した。
ひょっとしたらドクターシャマルと邂逅することになるかもしれないと思っていたけれど、目を瞑った私は爆睡していたらしくそんなことは無く。ただ、来た時は確か無かった軽食用のクッキーと風邪薬と思しき薬がテーブルの上に置いてあったから、もしかしたらシャマルなのかもしれない。だとしたら、まあやる時はやる人だと知ってはいるけど、やっぱりちゃらんぽらんなイメージが強かった彼の好感度は右上がりだ。ちゃんと先生やってんだなあ。

「はすみくん……」
「はい」
「迷惑をかけてすみません……」
「別に気にしてないから。早く帰るよ」

鞄持ってきたから、とその手には蓮巳くん本人のものと、私のものと思われる鞄が持たれている。
私が、熱発したからといっておばさん達に迎えを頼むようなことが出来ないのを見越して迎えに来てくれたんであろう蓮巳くんには本当に頭が下がる。私が彼くらいの年頃の時、こんなに気が利いた自信ない。まあ、身体は今同い年なんだけどさ。
目を擦りながら身体を起こすと、まだ気だるさはあるものの、休む前よりは少し楽になっているような気がした。1日でなんとか治したいな。そんなことを思いながら、ベッドから足を出しシワの寄ってしまった制服を整えていると徐に蓮巳くんが口を開いた。

「雲雀さんと何かあった?」
「え?」
「蕪木さんのこと頼んでたのに、鞄取りには来ないし、体育館裏でたむろってた不良のことボコボコにしてたし」
「そうなの?」
「めっちゃ機嫌悪そうだった」

そこまで聞いて、ふわふわとしていた眠る前の記憶が少しずつ鮮明になってくる。ああ、私、雲雀さんにキスされたんだっけ。それでも、心配して連れてきてくれたのに、出てってとか、心配を無下にするようなこと言っちゃった。まあ、怒っても仕方ないか。

「ちょっと、喧嘩みたいなのしたかも」
「蕪木さん喧嘩するの?」
「そりゃあねえ、人間だもん」

もっと出来た人間だったら良かったけど、完璧ではないから感情的にもなっちゃうし。まして色恋沙汰に近いものとなれば、我ながら不安定だという自負はある。

「雲雀さん相手に喧嘩して無事でいられるなんてすごいね」
「病人相手だから手加減してくれたんじゃないかな」
「……それだけじゃないと思うけど」

うん。
私も、それだけじゃない気が、少しだけ、してる。彼にされたあのキスがとても優しくて、病人だからとか、それだけじゃない気が、している。でも、もしそうだったとしても私にはそれは受け止められない。それに何より、そんな感情を持たれる意味がわからないし、理由もない。勘違いなんじゃないのかと正直思うし、それを私は願ってしまう。
そんなことを想いながら蓮巳くんの言葉を理解できないような振りをして、「なんのこと?」と首を傾げた。蓮巳くんは、綺麗な澄んだ目で私を見ていた。
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