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「雲雀さんと仲直りしたんだね」

徐々にクラスのみんなが揃いだしたホームルーム前。
おはよう、と少しギリギリに登校してきた隣の席の彼と挨拶を交わして、そのあと一言目に蓮巳くんはそう言った。

「え、な、なんで分かったの!」
「なんか、オーラ?」
「おーら……?」
「うん、なんか、蕪木さん最近どことなくピリピリしてたけどそれがなくなってる」
「ピリピリ、してたのはちょっと認めるけど、だからといって雲雀さんとは限らないんじゃ」

そこまで私が言って、蓮巳くんは「何言ってんの?」と言いたげな目で口を開いた。

「あの保健室に雲雀さんが連れていってくれた日以降、ぱったり応接室行かなくなってたじゃん」

それにバックレた蕪木さんを呼びにきた風紀委員適当に嘘ついて帰らせて他の俺だもん、とサラッと言った蓮巳くん。え、そうなの。頭が上がらない、それは。
驚きつつも、ごめん、と謝ると「あ、別に俺はいいんだけどね」とひらひらと手を振った。
そういえば、蓮巳くんは今回のこともやっぱり何も聞いてこなかったな。
いろいろと心配もかけて、迷惑もかけたのに。
「仲直りしたならよかったねー」とこっちを見ることなく、カバンから筆箱を取り出しながらそう言う蓮巳くんを見ながら、私が彼くらいの時はそんなに気の利く人間ではなかったなと思い出す。
特別噂好きとか、口をはさんだり、頭を突っ込んだりとか、そういうことはしなかったけど。かといってこんな風にいい意味で無関心を貫くような感じではなく、そもそも興味がなかったというか。周りの出来事や人の何かにとても鈍感だったというか。
いや、まあだからといって空気が読めないとかではなかったと思うけど、うん。
心の中で誰かにか言い訳をしながら、「ねえねえ蓮巳くん」と声をかける。

「何?」
「今度の土曜日空いてる?」
「え?」
「ちょっとお出かけ、しよう」







おしゃれは結構好きなほうだ。
性格は女らしくないと自負しているが、おしゃれは男の子より女の子のほうがしやすい。ん、ちょっと違うか。幅が広いと言ったらいいのかな。
フェミニンだったり、ボーイッシュだったり、クールだったり、カジュアルだったり。
髪の毛ひとつ弄るだけで気分が高揚する。リップをちょっと塗るだけで、ふわりとした気持ちになったり。
特にね、この体は、元の嫩ちゃんのお顔の造形。整ってらっしゃるから、それはもうとても楽しいのよ、弄るの。
中学生のまだまだピチピチのお肌はファンデーションなんて必要ないし、唇の形もきれいだからリップがまた似合う。
今となっては自分の体だからあまり褒めるとヤバいやつになってしまいそうだから、このくらいにするけれど、とりあえず、お出かけにはめちゃめちゃ気合が入るのだ。
あ、いや別に男ウケとかそういうのはどうでもいいんだけどね。

「うーん、どうしようかなあ」

学校帰りに京子ちゃんたちと食べ歩きみたいなのはしたことあったけれど、そういえば休日に友達と出かける、なんてのは本当になかった。あれ、そう思うと、こちらで初めての友達との休日遊びになるのか。
蓮巳くんも自分から休日遊ぼうよなんて言ってくる方ではないし、かといって私もそういうわけでもないもんな。
京子ちゃんたちとは、遊びに行こうよって話はするけれど、やっぱりクラスが違うのもあってなんだかんだ先延ばしになっていたし。

「どんな格好しようかなあ」

嫩ちゃん≠烽ィしゃれは好きな方だったようで洋服には困らない。
まあ美容とかおしゃれに気を付けていなければ、こんな白い肌は若いだけでは維持できないだろうし。
深い青に花柄の入ったスカートを手に取り体に当ててみる。お、膝より少し長いくらいだ、ちょうどいい。
薄いパステルイエローのトップスと合わせて、長袖の薄いカーディガンを羽織った。日焼け止めを塗り、せっかくだしとあのオレンジの石のネックレスをつけ、ナチュラルなピンクのリップだけ唇に乗せる。
それだけしかしてないのに絵になってしまうこの造形。写真でしか見たことないけれど、お母様も美人だったものな。
なんて思っているうちに、待ち合わせ時間の40分前になっていて慌てて家を出た。
おばさんに「あらあら、デート?」と満面の笑みで言われたけど、お友達と遊ぶだけです!と訂正を忘れず。

「ええっ、蓮巳くん、早くない!? まだ15分前だよ!?」

私から誘って待たせるわけにはいかないと、早めに到着したのに、なんと蓮巳くんお先に着いていらっしゃった。

「おは……ようでいいのか、まあまだ午前中だしいっか。おはよう蕪木さん」
「おはよう蓮巳くん! ねえ君早いよ! 何時に着いたの!」
「いや、俺も今来たとこだから。ていうか俺に早いっていうけど、蕪木さんも来てんじゃん」
「私はいいんだよ」
「いやそれはわかんねえ」

くつくつと控えめに笑う蓮巳くん。
そういえばそうだ、蓮巳くんも私服だ。
黒のパンツにシンプルな某ブランドのロゴが端に入った白いシャツ、その上から薄手のネイビーのパーカーを羽織って腕まくりしてる。ああ、確かに今日思ってたより暑いもんね……。
中学生ってもっとこう、幼い感じの服をイメージしてたけど、さすが蓮巳くん。大人すぎず子供すぎず、いい感じのラインを攻めてて、そして背も高いし顔も整ってるし、めちゃめちゃ似合う。

「蓮巳くん……」
「え、何」
「蓮巳くん私服めちゃめちゃかっこいい」

眼福だよ、と拝みながら言うと、きょとんとした顔をされた後に「それ服がかっこいいの? 俺含めてなの?」と小さく笑ったので、「私服の似合う蓮巳くんだよ!」と返しておいた。

「蕪木さんもかわいーよ」

その一言に、次は私が呆ける。ぽかんと口が空いてしまって、それを見た蓮巳くんに吹き出されてしまった。

「え、そういうこと言うキャラだっけ」
「いや、俺思ったこと言っただけだから。そういう変なこと言うキャラでも、逆に照れて言わないような奴でもないから」
「そうなの?」
「そうなの」
「そうかあ」
「うん」
「あざーす」
「何照れてんだ」

照れるよ、ばかやろう。
思ったこと言うだけとか、本当にそう思ってくれてるってことじゃんか。
この年になって、まさか「かわいい」の一言にこんなときめいてしまうなんて、ちょっと悔しい。しかも言った本人は飄々としてるし。

「ごはん、ごはん食べに行こう!」

少しだけ熱をもった顔を誤魔化すために、彼の腕を引いて歩きだした。
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