07

春休みの間に、引越しをした。突然の訃報はこの子の友人にも伝わっていたので急な引越しも不思議には思われなかったようだ。春休みということもあり、電話でだけ引越しの挨拶をした。いつもより元気がないと思われることも、状況が状況なので違和感もない。スムーズに、終わった。引越し先の住所を改めて文字にするまでは。

「並、盛……?」

はて?
とても親しんだ地名だけれど、本当に存在していたとは知らなかった。まあ、全国の地名を知っている訳では無いからあっても不思議はないんだろうし、きっとただの偶然だ。

「うちには子供がいないから、嫩ちゃんが来るときっと活気が出るわね」
「そうだといいんですけど……。すみません、ご迷惑かけて」
「またそうやってすぐ謝るんだから。いいの、いいのよ。ゆっくりしてね」

おばさんは割とよく話すほうで、おじさん(おばさんの旦那さん)は寡黙な人だった。それでも一歩引いた大人の対応という感じがして、中身が社会人となった私にはとても有難い。今は、深く色んなことを話せる自信が無い。

「まだ春休みだから先になるけど、中学校の編入手続きもしてあるから。近々制服が届くと思うわ」
「編入……」
「そう、並盛中学校って、地名そのままの学校なんだけどね」

覚えやすいでしょ、と笑うおばさんに、困ったように笑う私。あまりにも、偶然というか。
これは、彼のことを忘れるなということなのか。全てを捨てた私への、絶望を忘れるなという神様からの罰なのだろうか。それならば、受けなければならないんだろう。1から人生をやり直すことは、私には到底無理なのだ。

「嫩ちゃんの部屋、2階に準備してみたの。あまり年頃の女の子の好み分からないし、家から持ってきたもので飾ったりしてもらっていいからね」
「はい、ありがとうございます」

へにゃりと笑ってそう言った私に、おばさんは少しだけ変な顔をしてから「じゃ、ご飯の準備始めるわね」と言った。どういう意味の表情だったのか分からない。困っていたような、訝しんでいるような、とりあえず、良くない表情だったのはわかる。うまく、やらなきゃ。ボロが出ないうちにと、部屋へ駆け込む。
物を運び込んだばかりの部屋はダンボールだらけで、前の家から持ち込んだベッドと机だけが使える状態だった。前の部屋のパステルカラーのカーテンだけをそのまま使い、あとはリビングに使ってあった少し落ち着いたカラーのもので整理していく。子供らしくない部屋、になった気がする。でも色とりどりの部屋はあまりにも落ち着かないから仕方ない。
大まかに片付けをしてから、机の前に行き、日記帳を取り出した。

今日、引っ越しました。
並盛町というところです。春からは並盛中学校に通います。知っている中学校の名前と同じで少しだけびっくりしました。
あなたは友達を作るのが上手だったようだけど、私は苦手。
頑張ってみるけど、あなたが帰ってきた時に友達が少なかったらごめんなさい。
その時は、あなたの明るさでお友達作ってね。

我ながら、短くてなんとも素っ気ない文章だと思う。日記なんてつけたことのない人生だったから、こんなものでいいのかよく分からないけれど、まあ、無いよりいいだろう。学校に通い始めて、書くことが増えればいい。友達のこと、先生のこと、好きな人のこと……なんて、私にかける訳が無いか。
ふふ、と自嘲の笑みを零して立ち上がり、ベッドへとダイブした。あまり、ものを考えたくはない。それほどに、疲れていた。
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