客人
チリン、と鈴がなる
この屋敷の主人が自分を呼ぶ音だ
「お呼びでしょうか」
「今から客が来る。準備をしてくれ」
「畏まりました」
この屋敷に客が来るとは珍しい
主人が招くのは余程の大物か友人くらいなものだ
厳しい指示が無いということは恐らく後者
時刻はちょうどティータイムになる頃だ
彼の言う準備を理解しノートンはキッチンへ向かった
どんな人物なのだろうか
嫌いなものがないといいんだけど、と茶葉や菓子を選んでいるうちに来客を知らせる音がする
「いらっしゃい」
「やぁ、以前来た時よりも屋敷が綺麗になったね。やっと給仕を雇ったのかい?」
「そんな所」
「姿が見えないけど今日はお休み?」
「いや、ちょうどティータイムだからね。準備をさせているんだ」
「へぇ、楽しみだな」
遠くからふたりの会話が聞こえる
彼が笑いながら会話をするなんて珍しい
それ程親密なのだろう
きっと面倒なことになる、茶を出したらさっさと部屋を出ようと思うノートン
よし、と意気込み主人の部屋の扉を叩く
「失礼します」
「ご苦労」
「……ごゆっくり、どうぞ」
ノートンは驚いた
客人が自分の主人と瓜二つだったからだ
しかしそれを顔に出してはいけない
逃げるように後ろへ下がると
「あぁ、待って。君も一緒にどうだい?」
「私の分は用意しておりませんので」
「なら持ってくるといい」
待ってるよ、と笑顔を向けられる
客にそんなことをさせる訳にはいかないしやる事はある
どうにかしてほしく、主人に目配せするが……
「早く用意しなさい」
「……畏まりました」
助け舟は出してもらえないらしい
これも命令かと仕方なく自分の分も用意する
ジョゼフからここに座りなさい、と誘導され席につく
「美味しい!兄さんが入れるお茶みたい!」
「恐縮でございます」
「まだまださ」
同じ顔がふたつ
片方はコロコロと表情が変わるがもう片方は仏頂面
表情が違うだけでこうも変わって見えるものか、とノートンはお茶を飲みながらしみじみ思う
「いいなぁ、私もこんな給仕がほしいよ」
「給仕なら沢山居るだろう?」
「有能な子が居ないんだよね」
「それは教育が出来ていない自分が悪いんだろう?」
「素質の問題だよ」
暗に自分の給仕が無能と言っている
ニコニコとした顔で人当たりが良くても中身はそう変わらないらしい
「ねぇ君、ウチに来る気は無い?」
「はい?」
「私の屋敷で働かないかい?待遇はここよりも良くすると保証する」
「いえ、私は……」
「ダメだよ」
グイグイと迫られ困っているとジョゼフから声が出る
「これは私のだ、お前にもやらないよ」
「タダとは言わないさ、代わりの者も用意するよ?」
「要らない」
「ふぅん……そんなに彼がお気に入りってわけ」
「クロード」
名を呼び睨みつけるジョゼフ
彼が静かに怒っているのをノートンは感じとった
他人なら悲鳴をあげて逃げるようなものなのにクロードと呼ばれた彼は怯むことなく彼の相手をする
「そんな睨まないでよ。綺麗な顔が台無しだよ」
「そうさせているのはお前だろう」
ピリピリとした空気
早く部屋を出たい
ノートンはそればかり願っていた
「はぁ……大丈夫、取らないから安心して」
「ふん、当然だ」
「独占欲の強さは変わらずだね」
「お前の手癖の悪さもね」
「その言い方はやめてほしいな、引き抜きは立派な手法さ」
「その割には無能しか居ないみたいだね」
痛い所を〜、と仲睦まじく話し始める
ジョゼフの機嫌は直り少し笑顔が見えた
兄弟とはそう言うものなのだろうか
ノートンにはそれが面倒臭いとも羨ましいとも思えた
ふたりでじゃれていたと思えばくるんとこちらを向く片割れ
「そういえば君の名前は?私はクロードと言う」
「あ、あぁ……ノートン、ノートン・キャンベルです」
「キャンベルくんだね。兄のところが嫌になったら何時でも声をかけておくれ」
冗談のつもりなのだろうがまたジョゼフへ油を注ぐような発言だった
それを聞き彼がノートンとクロードの間に入るのはすぐだった
「クロード」
「ははは、冗談だって」
「巻き込まないでください」
「ごめんごめん」
そんな談笑ばかりをしていれば部屋の時計が鳴り響く
もうこんな時間か、ディナーの用意をしなければいけない
ノートンはジョゼフに声をかけようとしたが先に別な声がした
「そろそろお暇するよ」
「そうか」
「お送りします」
「いいよ、君にはやらなきゃいけないことがあるんだろう?」
無理に誘って悪かったね、とクロードがノートンの頭を撫でる
それはその通りだが悪い時間ではなかった、とノートンは思った
「また来るよ」
そう言って彼は馬車に乗り込み屋敷を後にした
彼が帰ったなら仕事を再開せねば、と考えをめぐらせる
今からでは時間が足りない
急ぎのものを優先して、と動き出そうとするがジョゼフに腕を掴まれた
「……?なにか?」
「ノートン、君の主は誰だ」
「?貴方です」
「私は君がここを出ていくことを許さない」
様子のおかしいジョゼフの顔を覗く
どこか悲しそうで寂しいと言っているようだった
「私は……僕は貴方に買われた身ですよ」
「そうだ、まだ払い終えていない」
「えぇ、ですから……っ!」
ぐい、と腕を引っ張られジョゼフの胸に倒れ込む
そのまま抱き抱えられてしまった
「……っ!あ、あの……」
「金を払い終えても私がここに居ろと言ったら、お前は居てくれるのか」
「ぇ……」
どうしたと言うのだろうか
先のことなど考えてはいない
答えに困っているとジョゼフはノートンを解放し部屋に戻ると言って去ってしまった
「なん、だったんだ……?」
給仕として居ろと言うことだろうか
だが自分を抱きしめる理由はなんだったのか
窓に移る自分の顔は赤い
もしかして、と考えてしまった自分が恥ずかしい
「お、驚いただけ……!」
自分にそう言い聞かせてノートンは仕事へ戻った
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