白昼夢のエラー



 懐かしい夢をみた。

 ひどく懐かしい夢。自分にしては丁重に隠しておいた記憶。
 眩暈がする。同時に独特の感覚を得た。これが夢の共有。“マスターをもつ”ということなのだろう。
 厄介な身体になったなと思うが、同時に安心感もあった。あのマスターならという身勝手な確信も、このマスターにならという情けない甘えも。

「……あーあ。嫌になっちゃうねえ、どうも」







「以蔵さ〜〜〜〜ん! ……あれ?」

 こうも嬉々として人斬りの名を呼ぶ少女が他にいるだろうか。
 見たところマスターと岡田以蔵は仲がいいようだった。一緒にいるところをよく見かける。
 意外な組み合わせだとは思ったが、古株のサーヴァントたちは「いつものことだ」ととくに気にしていない様子。お竜さんいわく「精神年齢がだな、似たようなかんじなんだろう」とのことで、まあ納得といえば納得な気もする。

「以蔵さんならここにはいないよ」

 そう伝えてやると、マスターは「ありゃ」とさして残念そうでもなく言う。そのまま龍馬とその相棒の向かいに座った。

「よりによってイゾーなんかに愛想つかされるとはな。どれ、お竜さんが胸を貸してあげよう。リョーマもついでにくるか?」
「以蔵さんに何か用でも?」
「無視かリョーマ」
「うーん。DVD借りたんで一緒に映画観ようって約束してたんだけど」

 マスターは薄い箱をひらひらさせた。
 まあ急用でもできたんでしょうと彼女は容易く納得するので、つくづく罪作りな娘だなぁと思う。

「ところで坂本さんたちはお暇ですか?」
「うんまあ、そうかもねえ。いろいろやることはあるんだろうけど」
「なんせここいらにはカエルがいないからな」
「カエルはもうやめようよお竜さん」

 「じゃあ!」とまったくもって因果関係の不明な接続詞ひとつで背中を押され、ぐいぐいとあっという間にテレビの前に座らされていた。マスターはご機嫌にこちらを見る。

「一緒に映画観ましょう!」
「え、観るの?」
「観ましょう!」
「僕と?」
「ええ!」
「……以蔵さんはいいのかい?」
「今日は坂本さん!」

 後ろから「よろこべ、お竜さんもいるぞ」と聞こえたが、結局数分と経たずにお竜さんはふわふわとどこかへ飛んで行った。というのも、映画は一面の雪景色のなかをひとりの男が歩いているだけの、ただただ観念的なものだったのだ。
 意外な趣味だなとマスターに目を向けた龍馬は咄嗟に口をとじた。マスターは泣いていた。

「……何も泣くことないだろう、君」
「きれいだなあと思ったら、なんだか……」
「……えーと」
「あ、いいの! 気にしないでください! 生理現象みたいなものだから」
「気にはしないけどさ。ただマスターに泣かれたんじゃ無視はできないよ」
「うん、うん。ありがとう坂本さん」

 彼女がひとしきり泣きやむまでを待つ。絶え間なく流れる涙は、行く道を定められているかのように一筋に落ちていく。
 その様子に、随分と美しく泣くのだなと感心してしまった。
 マスターの泣き顔をはじめて見た気がする。どれだけ傷つこうとも泣きごと一つ言わない少女は、こういうことでは案外簡単に涙した。

「さっきの映画、今日みた夢にすごく似た感じだったんです」

 ギクリとする。
 のうのうとマスターを見定めている場合ではなかった。弁解の余地をつくろう間もないではないか。いや、事実の何を弁解しようというのか。
 おそらくその夢は、龍馬の夢。

「たまーになんですけど、サーヴァントとマスターって夢を共有してしまうことがあって」
「うん、知ってる。知ってるよ」
「それで、その、たぶんわたし、以蔵さんと夢を共有しちゃったみたいで」
「……えっ、以蔵さんと?」
「え? 以蔵さんと」

 そんなはずはと言いかけてやめた。
 すかさず目を反らした。それは自分の見ていた夢だと、世界だと、たったひとこと。それを言わなかった。否、正しくは言えなかった。
 見苦しくも大人ぶることをやめられない自分のなんと情けないことか。それなのに甘えたくなってしまったのだ。年端もいかないこの少女にすがりたくなってしまった。
 この少女なら、この少女になら。

「……それ、本当?」
「うん。夢のなかにずっと以蔵さんがいたから。きっと以蔵さんがみてた夢。だからなんとなく以蔵さんの顔を見たくなって、映画はその口実なんです」
「へえ、そう」
「夢のなかの感覚だと、以蔵さんは雪みたいなひとでした」
「雪かあ、なるほどな」
「つかまえたと思ったら、すぐに溶けて消えちゃうような……。でもそういうのが、泣きたくなるほどきれいなひとだなって、どうしても涙が止まらなくなるんです。なんせ夢のなかでわたしはずっと以蔵さんのことを目で追っていて………目で、追う?」

 ヒュッと息をのんだ音が響く。
 マスターはゆっくり龍馬に目を向けてから、せっかく泣き止んだっていうのに結局また泣きだした。今度は子どもみたいに泣きじゃくって、雑に涙をぬぐいながらわんわんと泣いた。

「ちょっとちょっと。そんなに泣くことないでしょ?」
「……気にしないでください。はい令呪」
「あーもー、そんな軽々しく」
「うるさい」

 どうして自分ばかり泣いているのかとマスターは龍馬を睨みながら言った。
 そんなことを言われてもこっちだって困ってしまう。
 だって僕は、君が大泣きするもんだから、こんなにも救われてしまった。

「あの夢は、以蔵さんがみた夢じゃなかったんだ。以蔵さんのことを目で追ってる、だれかの、」
「どうだろうねえ」
「……あなたはずっと、ああやって以蔵さんを見てきたの?」
「さあ、なんのことやら」

 ……あーあ。嫌んなっちゃうねえ、どうも。