さよなら春の日



 何やら浜辺の方が騒がしく、気になって外に出た。
 案の定、いくつかのサーヴァントたちがたむろしてお祭り騒ぎをしている。支配人といえど、それを叱咤する権利は自分にはない。
 ここルルハワにおいては。


「あ、そこそこ! そこもうちょっと左! やっぱ右! んーやっぱそのまま真っ直ぐ!」
「おい! いい加減にしろよこのあんぽんたん! テメェから先にたたっ斬きってやろうか!」
「えへへ、ごめんごめん。ボク、夜目がきかなくて」
「んなわけあるか! サーヴァントならサーヴァントらしく視力は5.0だ!」

 おそらく標的はグルメうはうは的なあれだろう。
 目隠しをしたモードレッドが、大層にもクラレントをかかげ右往左往している。
 その傍らにはアストルフォ。シャルルマーニュの騎士だと聞くが、彼がモードレッドの目となり指示を出しているらしい。
 ……いや君何してるの? モードレッド、君だよ。サボるんならもう少しこっそりサボりなよ。


「おたくも寄っていきません?」
「や、やめろ! 仲間ヅラはよせ! 私は生身の魔術師だぞ! こんな奇想天外な集いに参加させるつもりか!」

 小太りの男は、ロビンフッドに声をかけられてそそくさと去っていった。
 彼にしては雑なナンパ文句かとも思ったが、女性相手でないのならこんなものだろう。やけに目につく金髪がうろつく姿を見るに見かねて、といったところだろうか。彼は気づかいの男なのだ。
 キュケオーン屋の女主人が「おや、振られちまったかい」と笑う。「冗談。アンタみたいな別嬪が横にいて、目移りするような男じゃありませんよ」と、またクサい台詞を。正直ドリアンよりクサいよ。

 一方波打ち際では茨木童子が大将の名に恥じぬ勢いで肉をたいらげていた。

「もきゅもきゅ。もきゅもきゅ。んむ、やはりぶーてぃかの焼く肉はもきゅもきゅ美味い」
「ハハ、そうかい?」
「美味い。美味い、のだが……む〜〜! 鬱陶しいぞこのどこにでもいる鶏! これではBBQもおちおち食べれんではないか! さすがの吾も頭にきた! 抑えきれぬ、抑えられぬ〜〜! ヒュゥ〜〜ドーーーンドーーーン」

「おや? 花火ですか」
「ゴージャスPの仕業じゃろ。さすがに自らゴージャスと名乗るだけのことはある。……しかしあやつめ、わしに無断で花火なんぞ打ち上げおって。火の粉にトラウマとか、なんかそういうの、抱えてたらどうするんじゃ。いやまあそんなシリアスヒロイン設定ないんじゃけどね、わし」
「いいえ違います! よく見てくださいノッブ! なんと! ファイヤーフラワーチキンですか! ん〜〜砂浜での打ち上げ花火はタブーですが、宇宙警察的には……アリ! こうしちゃいられません、私は打ち上げ現場にて唐揚げとなった鶏肉たちを補導します! トゥッ!」
「えっ、なになに。なんかようわからんけどこうなってはわしも黙ってられんくない!? カモォ〜〜ン尾張の愉快な仲間たち! 花火をバックに渚の第六天魔王、真夏の大感謝ライブの幕開けじゃーーー!」


 花火が延々と打ち上がる。そして炎々と燃え盛るライブ会場。
 魔力を帯びた火花が砂浜をネオン街のように色づけた。
 まさにフェスティバル。夏の祭典。
 今夜ばかりはモードレッドのサボタージュが正しいのかもしれない。こんな夜に仕事など野暮だ。
 浜辺に出ようと足を踏み出すともぎゅっと何かを踏んでしまった。「うぎゃっ」と声が聞こえた気がしなくもないが、見ると熊のぬいぐるみ、だろうか。

「おっと、申し訳ない。踏んでしまった」
「あ、いえ。お構い無く」

 しれっと答えたのはもちろんぬいぐるみではない。その横にいる少女。
 ……そういえば、確かに見かけなかった。
 いつもは騒ぎの火種になっているような君が。何故。こんなところで。砂に。

「埋まってるのかい?」
「あれ、支配人さん。こんばんは」

 マスター──いや、こんな夜くらいは名を呼ぼうか。
 こんなお祭り騒ぎの夜に、彼女は一人静かに砂浜に埋められていた。
 最近よく聞く砂パックというやつだろうか。それとも天然のサウナとか。仰向けに寝そべり、首から下がきっちりと砂に埋まっている。

「……驚いた。何やってるの?」
「罰ゲームらしいです」
「え? なに? 罰ゲーム?」

 彼女の周りには、統一感のまるでない雑貨たちがざっくばらんに並べられていた。
 ハイビスカスや貝殻。いつかの薔薇の花弁。
 先の折れた羽ペンが線香のように砂に刺さり、マンゴーとズッキーニにはBBQの串で脚らしきものがこしらえてある。
 謎のロコモコ丼。
 流れ着いたワカメやしゃぶりきった骨などが所狭しと。

「お供え物?」
「いや土葬じゃないですから」

 先程踏んでしまった熊のぬいぐるみもその一つか。
 見るとどうやらサーヴァントの片割れのようで、安否を確かめる。妙に間延びした顔が気になったが、まあ深入りするのはよしておこう。
 立香の体を縁取るように紫の何かが埋められていた。時折きらりと輝く様は宝石か何かか。

「それ、何か埋まってるの? きれいだね。誰からのお供え物かな」
「ああそれ。あまりいじらないでくださいね」
「なぜ?」
「チクタクボムです。なんでも、わたしが動くとそれに反応して爆発するらしいので」
「君は認識を改めたほうがいいよ。これは罰ゲームじゃなくて処刑だよ」

 次々に打ち上げられる花火が少女の顔を照らした。
 身動きのできない彼女にとっては、この花火がせめてもの暇潰しであるのだろうが。

「いいのかい?こんなところに埋まっていて」
「はい?」
「みんなあっちでお祭り騒ぎだよ」
「いやぁ、わたしは手も足も出ませんから」
「うん、まあ、そうだね?」

 いつもの見慣れたマスターは、モードレッドと一緒にスイカ割りをしている少女で、口説き文句の達者なロビンフッドを茶化している少女で、織田信長と尾張式ロックンロールでチャックベリーを歌っているような少女だ。そんな少女が飲めや歌えやの中心から隔離されている現状に、この霊基はなかなか慣れてくれない。
 反して立香は、これはこれで楽しそうに花火を見上げていた。体を砂に埋めたまま照らされた横顔は、チクタクボムや宝石よりも一層きらめいている。

 花火をうつす海から一際強い風が吹く。
 薔薇の花弁が渦を巻き、勢いよく飛ばされていった。
 燦々とした髪が潮風になびき、舞い踊り、おのずと琥珀色の瞳が隠れてしまう。顔にかかった髪をどかしてやると、彼女はこちらに視線を向けて言った。

「風になってしまいそう」

 声は風に溶けていく。
 言葉を返すのが憚られた。その台詞に返答は不要な気がした。だから黙って、満足そうに目を細める彼女の横顔を見ていたけれど、そんな空気は呆気なく断ち切られる。

「おーい、こっちかあんぽんたん」

 見事に真っ二つだ。
 いまだ飽きず目隠しをしたままクラレントを振るうモードレッドは、進行方向をこちらへ定めた。

「うーん、うん! そう! そのまま直進」
「おう! 今度こそやってやるぜ! 見てろよ! てやー!」

 砂ぼこりをあげながらこちらへ突進してくる給料泥棒にしばらく言葉を失ったが、そんな場合でないことなど明白だ。
 とっさに立香と目を合わせる。

「えっ、え!? ちょっとちょっと! 支配人さんまずいよねこれ! どうするのこれ!」
「あ、アストルフォ! アストルフォ! よく見なさい! これグルメうはうはじゃなくて立香の頭だから! いやたしかにワカメとか乗ってるけどね!」
「ととととりあえず自分でなんとか、できることはしないと。ど、どうにかして脱出を……」
「いや待って、動かないで。なにかチクタク鳴ってる」
「メッフィーーー!!!!」

 ヒュ〜〜と上がる花火と一緒に立香の渾身の叫びが大海原に響く。はてさて、あの悪魔まで届くだろうか。
 立香は動くことをやめ、代わりに目を血走らせ訴えた。

「どうにかできませんか支配人! だって支配人んとこの下っぱでしょ!」
「僕にだって無理だよ! 言うこと聞いてくれる下っぱは勤務中にスイカ割りとか始めないじゃないか!」
「おい誰だ今下っぱって言ったやつ!」
「火に油!」
「傷口に塩!」

 クラレントが大きく振り上げられた。そうなれば逃げ道などない。気の毒なのは立香で、なんてまぬけな状況でクラレントを受けることになるのだろう。
 クラレントが爆音爆風とともに振り下ろされる。
 あまりの威力に息もできず、目をあけられない。
 そのまま暴風に巻き込まれ、無理に開いた視界がハレーションした。
 クラレントが落ちてくる。



















 目が覚めた。
 陽も差さない、風も吹かない、誰もいない。そんな部屋でもきちんと目を覚ますのが不思議だった。
 自室を出ると、まず耳に入ったのは新所長の怒鳴り声。次に「おはようございます、先輩」とマシュ。その次にムニエルさんからの「コーヒー淹れるけど砂糖は?」という伺い。

「や、やめろ! 私は生身の魔術師だぞ! 何をさせる気だ! 阿呆か! 凍え死ぬわ!」
「そう言うと思ってこれ。超耐寒の魔術礼装だよ!」
「そこじゃあないわ問題は! 組織の長に何をやらせるつもりだと言っているのだ!」

 こういう類いの論争に口出しのは得策ではない。
 部屋の隅へ移動し傍観に努めようとしたが、すぐにダヴィンチちゃんの矛先が自分に向かったことを感じた。

「ということなんだ。悪いんだけど立香ちゃん」
「え」
「ちょっとだけ外の様子を見てきてもらえる? ムニエルくんのコーヒー待ちついでにさ」
「砂糖が4つとミルクはなし、だよな?」
「ホームズは部屋にこもって出てこないし、私はこの通り手が離せない。まだロストベルト圏内にいるはずなんだけどね、念のため」

 大人しく了承した。彼女に反論をたてるのも得策ではない。
 重い扉を押し上げて、ハッチからシャドウ・ボーダーの屋根部分に出ることがてきる。
 久々の陽射しに眩暈がしたものの、立ち眩むのなんて一瞬だ。すぐに慣れる。それでもボーダーはそれなりの速度で進んでいるので、手すりに掴まりながら周辺の様子をうかがう。

 夢をみていた気がした。
 もうぜんぶわすれてしまったけれど。

 何日も前からこの景色に変化はない。
 延々と白がつづく。おそらく地平線の先まで、ずっとだ。
 シャドウ・ボーダーは雪野原を滑走中です、どうぞ。
 吹く風は暴力と大差なく、呼吸すらままなりません。
 風は強引にわたしを覆い込んだ。
 向かい風に髪が激しくなびき、飛ばされる。
 息ができない。
 一面の白に風が反射し、パチパチと視界がハレーションする。

 ああ、風になってしまいそう。