夕暮れとセンチメンタル



「異三郎……!」

 それがわたしの最後の記憶。
 最後の色。最後の空。最後の音。
 最後にみた景色。

 あの日から、わたしの世界はモノクロのままだ。








「何してるアルか」

 ざくり、ざくりと砂利を踏む音。振り向くとよく見慣れたチャイナ服姿の少女がいた。

「あなたこそこんなところで。探してるわよ、他の万事屋たちが」
「違うネ。探されてるのはノブたすヨ。銀ちゃんが呼んでこいって」
「……そう」

 江戸の町は──もう “町” とは呼べなくなってしまったけれど、どこもかしこも瓦礫の山。道はガラスの破片で埋まり、血の色で染まってる。
 そんな町で、生き抜いた者がいた。
 それ以上に傷ついた者がいた。壊れたものもたくさんあった。
 この町も、野兎の少女が住まう歌舞伎町も、何もかもが変わってしまったように思える。ただ川の水だけは、顔色ひとつ変えず、淡々と、滞りなく、ただ流れつづけていた。それがひどく気に入らなかった。
 川沿いの道は幾分被害が少なかった。河原に座り込んだまま動かずにいると、少女は何も言わずに隣に座る。呼んでこいと言われたそうだが、それにしては悠長な態度だ。

「せんちめんたる〜じゃ〜あ〜に〜」
「……私は16じゃないわ」

 少女は傘をさしていた。いつもの和傘。たしか先端からは銃弾がでる。
 夕日が炎々と燃えていた。その炎は空の青を焼き、目の前を流れる川の水をも朱で染めた。ぐらぐらと。沸沸と。
 陶器のような少女の肌は夕日を透過する。傘は少女を夕日から遠ざけた。だけど少女は、夕日の色がよく似合う。

「何も変わらないアルな、きっと」
「そう? 私にはすべてが変わってしまったように見える」
「そういうことじゃないネ。何が変わっても、何が消えても、犬畜生がどうなろうと陽は昇って、沈んでく。その繰り返し。変わらないネ」

 鼻の穴に指を入れながら、気だるそうに少女は言った。
 その癖はきっと、あの男に影響されたものなのだろう。そんな癖がついてしまうまで、あの連中はともにいて、互いを見つづけてきた。朝も昼も夜も、雨の日も風の日も、世界が終わりかけた今日も。
 きっと数えきれないほどの夕日を見たのだろう、3人で。

「……変わってほしくない?」
「さあナ。ノブたすは?」
「私は……知らない。夕日は好きじゃない」
「そうアルか」
「あなたは? 好きなの? 野兎なのに」
「……さあナ。でも、夕日を見るとアイツらを思い出す。つぎ夕日を見たときは、きっとノブたすのこと思い出すヨ」

 鼻をほじりながら少女は去っていった。
 ざっく、ざっく。
「ノブたすも早く来いヨー、銀ちゃん待ってるから」と振り返らずに言って、ひらひらと手を振る。そんな不器用な態度も、きっとあの男譲りだ。やさしさが下手くそなのはあっちの眼鏡。
 ぴょんと土手を飛んでいき、彼女の姿はもう見えない。

「……そう」

 悲しいことばかりなのに、いやにすっきりとした気分だわ、異三郎。