日曜日のピロートーク



 日曜日の朝は、外から聞こえる子どもたちの声で目を覚ます。

 枕元の小さなパキラも、水槽を泳ぐグッピーも、そのパキラとグッピーをうちに持ち込んできた女の子も、まだ夢のなか。
 部屋はとっくりと寝静まっている。カーテンの隙間から漏れる光だけが、「夜はとうに明けているぞ」と律儀に教えてくれていた。

「朝……か」

 となりで眠る少女が、もぞもぞとこちらへ寄ってくる。
「だって雨だし」なんていう心底どうしようもない理由で、昨日も、一昨日も、1日中ベッドのなかで過ごした。
 二人でとりとめのない話をたくさんした。意味がありそうで、まあ結局はないような話がほとんど。
 その余韻なのか、どうも頭がパッとしない。
 おそらく今日は、打って変わって晴天だ。

「立香ちゃん、朝だよ」

 背中をぺちぺちと叩いた。

「……んー……」
「んーじゃない、朝」
「気のせいじゃないですか……」
「そんなわけないでしょう」

 子どもでも言わないようなヘリクツと一緒に、彼女は僕の腹のあたりで丸まった。起きてたまるかという強い意思が感じられる。
 でもたしかに、起きるのが億劫なのは事実だ。
 飼い猫を撫でるように、立香ちゃんの髪を指でとかしながら言う。

「立香ちゃん、のど乾かない?」
「……かわく」
「何か飲む? ……といっても、コーヒーおとすのも面倒だな、なんだか」
「……一昨日、くじの景品でもらってきたのがあります」
「ああ、インスタントの?」
「はい……アソートになってるやつ」
「じゃあそれで」

「少し借りるよ」とだけ伝えて、空寝中の彼女の手首から黄色いシュシュを外す。僕の髪ゴムは、昨日の夜立香ちゃんが外して、そのままどこかへいった。
 ざっくりとうしろ髪を結う。お湯を沸かすだけなので簡単でいい。彼女がまた、外しやすいように。
 服を着てキッチンへ向かうと、思いのほかすぐに立香ちゃんも起きてきた。白いシーツを全身に巻きつけ、肌つやの悪いミシュランマンみたいになっている。

「あ、こら。服着てきなさいって言ったのに」
「どこ?」
「枕元に置いといたよ」
「え? あ」

 ミシュランマンがジャンプすると、その内部から立香ちゃんの肌着が落ちてきた。
「巻き込んじゃってたみたい」とよく考えれば面白いことなんて何もないのに、僕も彼女もなんだか盛大に笑った。






 ブレンド。アメリカン。カフェラテ。ココア。
 どれにするかと訊くと、意外にも彼女はカフェラテを選んだ。

「え? カフェラテ? 本当?」
「え? なんで?」
「いやだって……飲めるかい? 立香ちゃん、苦いの飲めないじゃん」
「カフェラテくらい飲めますぅ〜〜」

 まあどれもお湯を注ぐだけに変わりないのだが。
 レモン色のソファで、まだ半分寝ぼけながら座っている彼女にカフェラテのマグカップを渡した。
 窓をあけると、銀色の風が入ってくる。

「ロマンの、一口ちょうだい」

 僕を見上げる彼女は夏色。

「あんまりだった? カフェラテは」
「ん。……思ったより苦かった」
「言ったのに」
「どうせロマンはココアでしょ」
「どうせってなんだよう、どうせって」

 だって昔から甘いのばかりじゃない。
 立香ちゃんはやや強引に僕からココアを受け取って、マグカップに口をつける。
 一丁前に大人ぶるからそうなるんだ。昨夜だってさんざん大泣きしてよがってたくせに……とまで考えたところで思考をリセットした。
 発情期の猫じゃあるまいし、朝から盛ったりはしない。

「あ、ごめん。全部のんじゃった」

 茶色くなった舌をべーっと出しながら立香ちゃんは言った。

「え。えっ? 」
「なんかよくわかんないけど、飲んじゃった。ほら空っぽ」
「え、な、そうなの? 飲んじゃったの? うわほんとに空っぽ」
「ごめんね。アハハ。もう一回いれてくる」

 そう言いながら立香ちゃんは、買ったばかりのぶかぶかスリッパをポスポスと鳴らしながらキッチンに行った。






 子どもたちの声が聞こえる。
 家のすぐ裏側に公園があり、とくに休日は子どもたちの賑やかな声がよく聞こえてくる。
 ほかほかと湯気がのぼるマグカップを両手に運ぶ彼女は、二つのうち一つを僕に。もう一つは自分で飲むのらしい。

「ココア売り切れでーす」
「ハハ、もう?」

 僕らはそろってアソートセットの楽しみ方をわきまえていない。
 立香ちゃんはソファに座らず、窓の外を見ていた。

「朝から元気ですね、子どもは」
「そうはいうけど、君だってついこの前まで子どもだったろう?」
「その、ついこの前まで子どもだった女の子に手だしてるロマニさん、コメントをどうぞ」
「ノーコメント」

 立香ちゃんはケラケラと笑ってベランダに出た。僕も彼女を追ってベランダに行く。
 軒先の道は私道になっていて、車はほとんど通らない。その利を活かして、子と、その父親らしき二人が自転車に乗る練習に勤しんでいた。
 立香ちゃんはその様子を見ながら、くすぐったそうに笑って、小声で「がんばれー」と言った。

「せっかくいい天気だし、ボクらも出る?」
「うん、そうしよう。でももうちょっとだけ、あの子たちを見ていたい」

 にこやかな表情の彼女は、どうにも楽しそうに父と子を眺めている。
 ココアの湯気が、初夏の風に運ばれていった。
 藤の花みたいな立香ちゃんの睫毛がまばたき。1回、2回、3回……

「……ロマン、見すぎ」
「ん? ああ、照れてるの?」
「そういうんじゃないけど!」

 拗ねてる拗ねてる。

「なんだか楽しそうだなと思って。立香ちゃん」
「えっ。そう…なのかな」
「うん。見てるとわかるよ」
「自分じゃよくわからないけど……ただ、ロマンはいいお父さんになれるんだろうなと思って」
「えっ?」
「え?」

 そして時間が止まった。
 立香ちゃんの寝癖だらけの髪だけが、風に吹かれてうごめいて。
「やっちまった」と絶望顔の彼女。それから、うまい具合に頭が回らない僕。

「あ、あの……ロマニさん。変な意味ではないんですけど」
「う、うん」
「……聞かなかったことにしてください」
「いや、それは」

 無理だけど。
 絶望顔が、恥じらいの色に染まっていく。普段はなかなかに豪快な彼女の、数少ないデリケートな一面だ。立香ちゃんは決まりが悪くなると、途端に他人行儀になる。
 げに、彼女はまだまだ子どもなのだ。
 子ども、なのだが。

「えーと、じゃあ」
「……はい、なんでしょう」
「手始めに、今日も外出はなしにしようか」
「え? ………なっ!?」

 数秒後、「この下半身オトコ!」と殴られるのだが、そのワルグチは昨夜も聞いた。
 げに、彼女はまだまだ子どもなのだ。
 だが最愛の子どもに、自分との子を孕ませる気満々の僕も、大概である。