俺の主は少し変わっている



「よっ、主! また演練断ったんだってな!」

 俺の主は少し変わっている。
 俺よりもずっと小さな図体に、喜怒哀楽のまるでない表情。華奢な腕は軽く触れただけで折れてしまいそうだし、真っ白な肌は春の日差しをも透かしてしまう。
 なよなよとしているわけではないが、覇気があるといったら嘘になるし、かといって女性らしいかといえばそれとはまた違った何かがある。
 まさか彼女が一本丸の主だなんて誰が思うだろうか。だがこれで頭はきれるのだから大したものだと思う。

「…………鶴丸。また退屈しているの」

 主は伏し目がちの瞳をゆっくりと俺に向けた。すだれ睫毛が揺れる。彼女はいつも、俺たちの言動に一歩遅れて反応する。

「退屈も退屈さ。俺以外みんな出払ってる」
「そうか。ならやっぱり演練、受ければよかったかな」
「まあそうだな。だが俺ひとり演練に行ったところで、なあ?」

 まずは仲間集めからと言いたいところだが。
 きっとこの本丸は、他の本丸に比べて顕現している男士が少ないのだと思う。そこも含めて変わった主だと思う。

「でも、そうね。次に誘われたときはもうちょっと清光と話し合ってみよう」
「今回だって十分話したんだろう?」
「うんまあ、そうなのだけど。今回のはまた特殊だったから」

 俺たちは知っていた。“特殊” なのは今回の一度きりではない。その度に近侍である加州清光が形のいい眉を歪めている。
 たしかに女の審神者は珍しいだろう。だがそれだけではない。彼女の言い知れぬ危うさと儚さは、オトコの色眼鏡にはひどく魅力的に映る。
 部屋の隅に追いやられた手紙の小山。毎日のように届く恋文。演練の誘いも山のように飛んでくるが、そこに下心がないかと問われると、むしろ下心しかないのかもしれない。
 そこまでかと不思議に思ったりもしたが、今になってはわからなくもない。まるで春先に降る雪のようだと思った。少しでも無下に扱ったら、すぐに溶けて消えてしまう。そんな感じがする。だからこそ、彼女を自分のそばに侍らせていたいと思う。
 オトコっていうのは総じてそういういきものだ。
 主は今も淡々と業務をこなしている。俺はその数歩後ろであぐらをかく。

「なあ主。ずっとこんな感じじゃあ、君は退屈しないのか?」
「退屈を理由にどうにかできたら苦労しないでしょう」
「そうじゃなくてだな、いや、そういうことなんだが」
「鶴丸はやっぱり退屈ですか?」

 毎日、何の変化もないこの本丸は。
 ああそうだ、そういうこと。主の表情は見えない。背中は相変わらず小さくて、この背中が俺たちのすべてを背負っているのかと思うと、一周回って他人事のように思えてしまう。

「ああ、実はな。かなり退屈だ。墓に埋まってるよりは幾分マシだが、どうにか退屈しない毎日を過ごせないかと日々切磋琢磨しているつもりだ」
「そうか」
「何の刺激もないあたりまえの日々。誰が生まれたも誰が死んだもない。これが永遠につづくのかと思うと正直気が滅入るな、俺は」
「そう……鶴丸はすごいな」

 筆を持った主の手が止まる。
 何かを語れるほど大きな背中ではないし、何かを人に語るような女でもない。

「すごい? そりゃまたどうして」
「鶴丸はいつも、わたしが求めているものをいらないと言う。わたしは君が、少し羨ましい」

 主の表情は見えない。何も言えないままでいる俺をさして気にする様子もなく、主はまた筆を持った。
 彼女は俺が思っているよりもずっと、ずっと、よわい人間なのかもしれないと思った。
 同時に俺が思っているよりもずっとつよい人間であってほしいと願った。
 出陣部隊が帰還した音で主は立ち上がる。俺はそのまま、主の部屋でどこでもない場所を見つめているだけだった。