部屋を出ると、そこにいた。 「眠れんがか」 いつもよりは幾分ひっそりとした気配でそこにいた。 眠れないのかと、この人斬りは言ったのか。 「え、ああ……はい」 「なんじゃ、はっきりせんやっちゃの」 「なんでこんなとこに?」 「……従者が、主のそばにおんのは当たり前じゃろ」 「ああ、そう……」と気の抜けた返事が気に入らなかったのか、それから以蔵さんは口を閉じた。 なぜかドア脇に座っている以蔵さんは、すっかり闇に溶け込んでいる。瞳も、戦闘中のような殺伐とした色でなく、暖炉の灯火のような落ち着いた赤。 鼻の奥のほうがツンとなった。ハッとして気を紛らわせようとしたがもう遅い。遅い。 眠れないときは、無意味に水を飲んでみたりする。あとは大して行きたくもないお手洗いに行ってみたり。その道中の静けさに圧倒され、崩れ落ちそうになるくらい孤独になったり。 「……なっ! お、おまん……」 目を見開き、口をパクパクさせた以蔵さんだったが、すぐに元のひっそりとした気配に戻った。そしてそれ以上何も言わなかった。励ましも、戒めも、慰めもしなかった。ただそこにいた。わたしの横に。 刀を支えにして胡座をかく以蔵さんの横に座った。彼はこちらを一瞥しただけで、それだけだった。 「……阿呆。風邪引くぞ」 「ちょっとだけ……ちょっとだけ、です」 ちょっとだけ。 そのひとことが、この空間に異物として、思いの外響いてしまったので少し困惑する。 隣にある以蔵さんの気配にボロボロと涙が止まらなかった。 そのうちこの廊下が、カルデア中が、わたしの涙で海になってしまう。塩水だしちょうどいいかもしれない。そしたらここで、地球のどことも知れぬこの場所で、また新しい世界ができあがっていくのだろうか。 それはそれでしめしめといった感じで、いいのかもしれない。 いや、わたしにしては上出来だ。それでもう、いいのかもしれない。 「おまんは、わしがいりゃあ平気じゃろ」 以蔵さんは言った。わたしのほうを見向きもせず、抱きしめも、涙をぬぐってもくれないまま。 人斬りの目は、髪で隠れて見えなかった。 そういうことをこのひとは平気で言い切ってしまう。マスターに、藤丸立香に、自分が必要であることを疑わない。 わたしにあなたを疑わせてくれない。 雨乞いをしてるみたいにひたすら涙をすくういながら、怖くないのかなあと他人事のように思う。ああ見えて過信家でも楽天家でもないのに、以蔵さん。 何も知らないこどものようなひとだとも思う。そうだったらさぞ生きやすかろうと思うのに、ふとのぞいた以蔵さんの瞳は、こどもというには残酷なほど冴えきっているのだ。 「……ふふ、言いますねえ以蔵さんも」 「……なんじゃ。そのおちょくったような言い草は」 「へへ」 それもまたいいでしょう。眠れない夜にはこうして、以蔵さんがいてくれるのなら。 ← |