おわりははじまりの始まりでもある



 と、いうわけで。

「お世話になったね、立香ちゃん!」

 エントランスまで見送りに来てくれたダヴィンチちゃんは声高に言った。
 うららかな日差しにムッと顔をしかめる。珍しく太陽が顔を出し、わたしの門出を祝ってくれているのかというか全然、むしろ「あばよ雑魚マスター」と別れを喜んでいるように感じた。
 太陽も、星も、風も、空の青も、さぞ清々していることだろう。憎たらしいほどの快晴だ。
 ダヴィンチちゃんは作業の合間に時間をつくってくれたようで、眼鏡を首から下げている。司令官代理になってからの彼女は、工房にこもることが増えた。

「いえいえそんな、こちらこそ。いろいろとありがとう」
「なんだい、君に謙遜されてしまってはこちらの立つ瀬がない」

 君がいたから世界は救われた。
 ダヴィンチちゃんは遠くを見るようにほほえんだ。眼鏡がたおやかな風に吹かれて揺れた。

「なら、よかったです」

 この数年で得たもの。
 仲間。縁。無数の出会い。ポケットサイズの魔術。覚えのない傷跡。エトセトラ。

 この数年で失ったもの。
 右上の肋骨と、だいじなひと。

 7つの特異点を修復し、そのあともなんやかんやに巻き込まれたりして早数年。魔術師である正規のマスターたちも回復し、一般人のわたしはお役目御免。晴れて日常へ回帰というわけだ。
 つまり、カルデアには新しいマスターが。
 わたしは日常へ。
 カルデアへ来たときぶりに引っ張りだしたキャリーケースは、3泊4日用のわりあい小さなもので、こんなもので来てたのかと少し笑ってしまった。レジャー気分か。
 結局キャリーケースを開けることなど数えるほどしかなかったし、寒いからと聞いて持ってきたカイロなんて使うわけなかったし、こんなに長くここにいたのにわたしの荷物は3泊4日も埋まらない。軽い軽いキャリーケースだ。

「新居までの地図は? もったかい?」
「うん、あります」

 日本に戻ってからの家はすでに決められていた。ご丁寧に本来わたしが通うべき教育機関まで手配されていた。
 というのも、ここまで組織に関わってしまった以上、手放しで世に放つわけにもいかないらしく、数年間は適度に魔術教会からの監視が入る。
 一般人ではあるけれど、一般的には扱えないというわけ。

「それじゃあ、そろそろいきます」
「ああ。……ふふ、悲しそうな顔をするじゃないか。今生の別れでもあるまい。また会える」

 実は、一度消えかけた世界を救うのってそう簡単じゃない。
 簡単じゃなかった。
 それまでの道程も、紡いだ縁も、涙なんかじゃ流せない。

「じゃあ、また」

 さようなら、星見の人々。人類の未来。わたしの星。
 まだしばらくは思い出のままで。