◇ 親愛なる藤丸立香殿。 やあ、息災にしているかい? この便りは無事君のもとに届いているだろうか。届いていることを祈ってつづけよう。 こうして、カルデアを離れた君に早々手紙を書くことを許してほしい。今こちらはかなり危機的な状況だ──この件については信長公に言伝を頼んでおいたのだか、聞いているかな(聞いていなければ、まあそれはそれで良しとする)。 カルデアは過度の平和つづきにアクシデント飢餓寸前だ。事件も事故も何も起こらない。もちろん特異点のとの字もない。このままではカルデアの存在意義すら危ぶまれる……というのは君と戦ってきた我々サーヴァントの見解であって、新任のマスター諸君はなかなか忙しそうにやっている。 つまりサーヴァントだけが暇なのだ。 その“要望”はどこからともなく、自然摂理そのものとしてあがってきた。かくいう私も、手のひら返しの暇続きで平和ボケしていたところだ。協力するのもやぶさかではない。何せカルデアに残った数十基の英霊たっての頼みだ。 ◇ 「というわけで、カルデアと君の新居にパスを繋がせてもらったよ」 「脈略〜〜〜〜」 例のごとく、ヒュンッという音とともに前触れなく現れたダヴィンチちゃんは「ちょっと消しゴム借りたよ」くらいのノリですごいことを言ってのけた。 ちょうど手紙に目を通している最中だったわたしは、突然現れた万能を15度見くらいする羽目になる。 「ふむ。随分と小綺麗な部屋になったじゃないか」 「ああ……マーリンがね」 「マーリン? あいつが? ここに来たって?」 「うんまあ」 ダヴィンチちゃんも、当人のいう“パス”とやらを使ってここへ来たのだろうか。先日のノッブとマーリンも。 ややあってからダヴィンチちゃんはわたしの向かいに腰かけた。 「その、パスとは」 「そうだね。有り体にいうと、サーヴァントが暇潰し感覚でここへ来れるという装置だ」 「とんでもないじゃないですか」 ふんふんと鼻歌をうたいながらなんだか機嫌のいいダヴィンチちゃんは、「うむ、いい庭だ」とか言いながら外を眺めている。さっきからわたしと会話をするのは二の次らしく、部屋を見て回ったり庭を眺めたり。幾分落ち着きがない。 「でも、そういうの、あれ、魔力がどうとか、なんとか、いろいろあるんじゃないですか? よくわからないけど」 「ああ、それについては言い切っていいよ。一切の問題はない。まあ立香ちゃん、マスター適性だけは一人前にあるからね」 「なんなんですかみんなして」 いわく、このパスとやらは電話に程近いものなのらしい。つまり魔術云々ではなく、技術の賜物。 だからカルデアには正規のマスターたちがいるし、ノッブがここにいる間もノッブの正規のマスターは魔力を送りつづけているし、そこの中継に干渉する事柄は一切ない。というのも、わたしのときのイレギュラーと違って、一基対一人の契約であるからして可能になるものなのだろうが。 とにかくここへ来るのは、本当に暇潰し感覚の娯楽だ。「やっほー」とやってきて「じゃーねー」と帰っていく。それだけ。 「だから君は、まあ、友だちが遊びに来た、くらいの感覚で」 ダヴィンチちゃんはにっこりとわらうが、なんだか拍子抜けしてしまう。 もう会うことはないのだと、当然のように思っていた。 「でだ。君に伝えるべきことが二つある」 立ち上がるなりダヴィンチちゃんが言った。おそらくカルデアへ戻るのだろう。これでもダヴィンチちゃんは司令官代理、だ。ああは言うが、おそらく彼女はそう暇ではない。 「ひとつが、はいこれ。忘れもの」 「え?」 渡されたのは山吹色のシュシュだった。受け取って、初めて自分がシュシュをつけていないことに気づく。 カルデアにいるときは、このシュシュをつけることが毎朝のルーティンだった。それと同時に「このシュシュをつけておけばきっと大丈夫」という暗示。とても脆い祈り。 「渡そうか渡さまいか、決めかねていたんだけどね。この様子だと、私の心配も杞憂に終わったようだ」 「心配?」 「ここは実にいい住まいだよ。前向きな力でみなぎっていて、ひとが、そう、ひとが正しく生きるための部屋だ」 「ほとんどマーリンがやってくれたんだけどね」 「そのマーリンだが、彼はもうカルデアにはいない」 「えっ」 まあ道理だろうとダヴィンチちゃんは言った。 そうか、マーリンは帰ったのか。その事実がすとんと胸に落ちてしまうと、なんだか泣きそうになってしまった。 前々からマーリンの不器用さはちょっと胸に染みすぎるくらいやさしい。 「じゃ、そういうことで一つよろしく」 ひとこと「また来るよ」と残してダヴィンチちゃんは戻っていった。本当に、何もなかったかのように部屋は静まる。それくらいに余韻を残してくれない。 だがそれに孤独を感じないのは、結局大切なものは何も失っていないことに気づいたから。否、気づいてしまったからだ。 肋骨がなんだ。親指の剥離骨折がなんだ。 カルデアを離れて得たもの。 静かな時間。可愛い部屋。保証された安全。シュシュの暗示がいらない世界。それから、サーヴァント改め偉大な友人たち。 カルデアを離れて失ったもの。 寝心地が最強に悪いベッド。以上。 ← |