02

「……Dホイール盗まれたとかシャレになんないわ、本当に」
『まぁあの海馬からのプレゼントだし間違いなく殺されるな。ただでさえプレゼントなんてくれることがねえ奴だし』
「ちょっと耀太、縁起でもないこといわないで」


 青嵐の脅しにより取り戻したDホイールに傷がないか点検しながら美咲は思わず身震いした。
 本当にあのままDホイールが盗難されていたとすれば、いったい美咲はどうなっていたのだろうか。……考えたくもない。
 もし義父にサイコデュエリストの素質があったならば義父の切り札である青眼の白龍の餌食にされていたかもしれないと思うと寒気がする。


「あーもー、乱暴に扱うから傷ついちゃったじゃんかー!」
「まぁ仕方ないよなー……これぐらいなら遊星に任せられるんじゃないか? ――いてっ」


 はー! と大きなため息をついて、美咲は項垂れた。ついでに青嵐を一発殴った。殴った理由は特にない。
 愛車――クレッセント・ナイト(命名:義父の弟)のボディカラーは美咲の髪色とは反対色の紫。
 それはかなり黒色に近く、残念ながら傷は少し目立つ。
 落ち込んだ様子でクレッセント・ナイトに跨ぎ、取り敢えずと言わんばかりにエンジンをかけた。それを見る燿太は少し驚いたように目を見張る。


『おい、美咲?』
「腹立つ、帰る。即行で修理して、アイツラ探してデュエルでけちょんけちょんにする」
「いや美咲落ち着いて!?」


 そんな青嵐の叫び虚しく、美咲は思いきりアクセルを踏み込んだ。当然、人間態の青嵐は置き去り。
 人間態でも一応、小さな風を起こしたりは出来るが、アクセル全開のDホイールに追いつくだけの脚力は、そこそこ足が早い青嵐でも持ち合わせていない。
 青嵐は呆気に取られ、思わずため息が漏れる。
 置き去りにされることはなんら問題ではない、何故なら彼は精霊だから。精霊体に戻ってカードに戻れば自ずと美咲の元には帰ることが出来る。

 なら何故ため息が漏れたのか。
 それは青嵐が美咲に対して、ほんの少しの親心――というよりは兄心かもしれない――が存在するからだ。
 あの多少喧嘩っぱやい性格は誰から引き継いだのだろうか、というかおそらく義父の海馬と本当の母親なのだろうが、このままだと先が思いやられる。


「……いや、まぁ。鬼柳≠フ一件があるし、先が思いやられるじゃなくてもう過去の事……なのかねえ」


 淡々と言った様子で語り、青嵐は柔かな風を纏って消えた。
 その言葉の真意に気づける人間は、残念ながらここにはいない。









「たーだーいーまー。ゆーせー工具かしてー」


 帰ってくるなり早々に美咲はクレッセント・ナイトを止めて現在の住処――と言うには少し質素すぎる、廃墟となった駅――にいる青年に声をかける。
 奥から覗いた髪は、いささか蟹に似ていなくもない。

 美咲はあのとき一番最初に出会った少年、不動 遊星の元にいた。
 あのまま美咲は彼と仲良くなり、現在同居するまでに至っている。当時のマーサハウスに女子が殆どいなかったのも一因だ。

 幼馴染みと言うにはあまりにも短い仲だが、親友と言う言葉では表せられない程に深い絆。
 何故彼らがここまで仲良くなったのか、知るものは極僅かだろう。それほどまで、他人から見れば奇怪な関係なのだ。
 友達以上恋人未満とはまさしく彼らのことかもしれない。

 ただ――二人は、それだけではなかった。
 長い期間を共に過ごしたせいで、同じ傷を心に負った。
 この傷を理解できるものはいない。同じ傷を負った遊星以外は。
 傷を共有し、そうすることで自分を保つ。依存、という関係が適切かもしれない。


「工具?」
「そー」


 おかえり、の言葉もなく遊星は美咲とクレッセント・ナイトに歩み寄る。
 それもいつものことなのか、美咲はさして気にかけた様子もなくしゃがみこんだ遊星と目線を同じ高さにした。下から覗き込むように遊星を見ていると、やがて小さく口を開いた。


「この傷か」
「うん、ちょっと盗まれかけて――わぷっ」
「ダブルロックしとけっつたのに聞かねえお前が悪い」


 ぐい、と視線が地面へと向いた。
 何事、と一瞬把握できなかったものの、かかった声と遊星の言葉で誰がこの状況を作ったのかは理解できた。


「耀太、兄さん」
「お前そろそろ兄さんつけるの抵抗出てきたろ」
「重い、重いってば!」


 ばっと体を翻すとそこにいたのは赤髪の青年、耀太。一般人の遊星に耀太の姿が認識できているということは即ち耀太の実体化を表している。
 そんなことを知らない遊星からすれば耀太はいつのまにか現れたという状態だが、これはもはやいつものこととなりつつあった。

 ついでにいうと三年前から見た目がまったく変わっていないのだが、これも精霊であることが起因している。
 彼ら曰く見た目は自分達で好きなように変えられるらしい。何故なら彼は人型のモンスターではないから。
 美咲の力によって偽の骸を得ているに過ぎないから。

僕らが生きた世界。