05

「雑魚だったろ、相手」
「えっ?」


 なんの脈絡もなく遊星が紡いだ言葉に、同居人だけではなく美咲やラリーまでもが目を白黒させた。
 もし彼が、何らかの物語の主人公であれば読者、或いは視聴者からこいつ本当に主人公か、と突っ込みが飛んできそうなセリフに、思わず美咲は苦笑い。
 ――が、すぐに遊星の言葉の意図を汲み取り、美咲はそれを口の端から漏らす。


「楽しくなさそうだもんね、ジャック」
「……」


 ふっと笑って、美咲は一瞬自分の居住スペースへと目を向ける。
 簡素なベッドのすぐ横に、くすんだ写真立て。そこに映るのは、自分たちがデュエルギャングとして活動していたときのこと。
 遊星と美咲と、犯罪を犯した者の印とされるマーカーのあるオレンジ髪の少年と、勿忘草の髪をしたリーダーに、ジャック。
 この頃のジャックは、よく綺麗に笑っていたのに――。

 そんなことに想いを馳せて、美咲は誰にも見えないように胸元で拳を握りしめた。
 ただ一人、精霊である青嵐以外には。


「……エンスト?」
「ああ」


 話題を変えようと、美咲は遊星のD-ホイール――遊星号の不調を問う。そしてその問は予想通りの答えを有して返ってくる。
 あまりにも短かった返答だが、美咲にはそれで充分で。
 新しいパーツが必要だとか、ありとあらゆることを脳内に巡らせてから、一言。


「なんか、使えそうなジャンク拾ってくるね」
「……すまない」


 いいのいいのー、なんて軽快に答えながら、美咲は必要最低限の持ち物を持って、今度は徒歩で地上へと向かっていった。
 ああ、外はまだ明るいか、早く帰ってこいよ、なんて遊星の心の呟きは誰も知らない。








「……取れないーっ」
『ちび』
「うっさい耀太」


 時は暫くし、場所はジャンクが積まれる広場。
 ジャンクの山の中腹辺りに見つけたのはまだ使えそうな備品。が、しかし美咲の身長では背伸びをしても届かない。
 因みに、耀太は美咲のことをちびと称したが、多分同年代の女子としては平均より少し高いはずだ。
 ただいかんせん周りが高い。耀太も人型を取れば180cm以上ある。


「そんなん言うくらいなら実体化して取ってよ馬鹿ー」
『え? あー……必要ねえんじゃね』
「は?」


 気だるそうに答えた耀太を一瞬睨めば、わざとらしく肩を竦めて笑ってみせた。
 この鬼! 叫んでみても耀太は素知らぬ顔。
 自分で取るしかないか、と目線を戻すと――そこに目をつけたジャンクの姿がない。


「……あれ」
「お嬢さん、セキュリティの者ですが」
「!」


 セキュリティに見つかった――?
 別に違法ではないとはいえ、美咲はどうもセキュリティが苦手だった。幼い頃に何度もシティに連れ戻されかけただけなら兎も角、あの時の事件≠フこともあるので、尚更だ。
 身構え、振り向く。しかし聞き覚えのある声や口調と、見覚えのある茶髪に、美咲は表情を明るくした。


「はは、なんてな! 別に違法ちゃうし、よお知った顔やし何も言わんよ。ま、知らんセキュリティやチームに恨み持った奴らに絡まれんように、周りには気いつけや?」
「と、とらにい……?」


 けらけら笑いながら虎兄≠ニ呼ばれた関西弁の男は左手で美咲の頭を撫でた。
 右手には美咲が手を伸ばし続けていた備品が鈍く輝いている。
 虎兄≠フ顔とジャンクを交互に見て目を見開く美咲に、彼はもう一度口を開く。


「よっ。半年ぶりやなー」
「と、虎兄……っ! あ、焦ったじゃないっ!!」


 すまんすまん、と悪びれもなく謝って、彼は美咲にジャンクを渡す。
 ありがとうと小さく呟くと、彼は猫目をさらに細めた。

 彼の名は、須永 虎吉と言う。
 彼も遊星やジャック、美咲と同じくマーサハウスで育った。

 驚くべきは、彼の根性。
 虎吉は、数少ない――というよりも多分虎吉以外にはほとんどいない、サテライト育ちのセキュリティ。
 それも、セキュリティを志してたった二年でDホイーラーの逮捕を専門とする部隊、デュエルチェイサーに所属。
 挙げ句の果てには、当時弱冠二十一歳でエースと称されるようになっていた。

 勿論、サテライト育ちというだけで扱いは不遇だった。だからこそ、異常なまでの努力をし、デュエルチェイサーエースとして君臨したのだ。
 その常軌を逸した努力を見てきたものたちは、口を揃えて虎吉をこう称する。
 努力する鬼神、と。


「今日は、どうしたの?」


 そんなことを知ってか知らずか、美咲は嬉々として話しかける。
 また、虎吉もそれを受け入れ、楽しそうに口を開いた。


「いつも通り、マーサんとこに仕送りやで。どや? 親孝行な息子やろ?」


 無論、虎吉と保母マーサの血は繋がっていない。だが虎吉にとっては――否、マーサの元で幼少期を過ごしたものにとっては、マーサは母であり、ハウスの人は家族同然である。
 それは美咲もまた然り。満面の笑顔で頷くのだった。

僕らが生きた世界。