06

 他愛のない話をした。
 セキュリティの現状、マーサハウスの子供達の話、遊星の徹夜記録。
 半年ぶりに会う二人には、語りきれないほどの話があった。
 そんな二人の光景を苦虫を噛み潰したような顔をして眺める精霊が一人。


『……ったく、虎吉には愛想よくしやがって』


 つまらなさそうに耀太が呟くと、美咲は思わず苦笑い。
 どうしたものかと一瞬表情を変える虎吉だったが、すぐにイタズラな笑顔を浮かべた。


「耀太、嫉妬は醜いでー」
『うっせー』


 ふいと横を向いて、そのまま耀太は消えてしまう。
 虎吉は、『見える』人間である。自身のデッキに宿る精霊も、無論耀太や青嵐のことも。
 そして、美咲には見えないそれ以上≠フことですら。
 それを美咲が知るのは、おそらくもっと先の話。

 それから暫くし、星が落ちる前の、空が薄気味悪くくすんできた頃のこと。シティの空とは違い、紫色にはならない。
 美咲と談笑していた虎吉の胸ポケットが軽快な音楽を刻み出した。

 すまんな、と虎吉がポケットから通信機をとりだし、ディスプレイを見る。
 眉を顰める虎吉。どうしたの、と美咲が虎吉の顔を見た時にはすでに、人の良い青年は消えていた。
 そこにいたのは、セキュリティの青年。


「……あー、もしもし? ネオか」


 少しだけ落ちた声のトーン。そこから紡がれる名前は、美咲が昔虎吉に聞いた彼の同僚の名前だった気がする。
 休務中にも関わらず電話をかけられるとは、エースも名ばかりではないのだな、なんて呑気に考えていた。
 ――が、虎吉が紡いだ言葉に、美咲の目は少しだけ揺らいだ。


「……分かった、容疑者はラリー・ドーソンで間違いあらへんな?」
「――……っ!」


 紡がれた、昔自分をマーサハウスに導いてくれた者の名前。今、自分を姉のように慕ってくれる者の名前。
 どういうことだと、耳を疑った。
 だが、罪状と理由くらい、意図も簡単に分かってしまう。

 遊星の、ためだ。


「ラリー……」


 自分を姉と慕うのと同じように、ラリーは遊星を、ジャックを、兄のように慕っている。
 だからこそ、遊星とジャックの決別を心配し、違えた仲を戻そうとなんでもするのだ。
たとえそれが窃盗≠ナあっても――。


「……青嵐」


 虎吉の話が終わってしまわぬうちにと、美咲はその場にいない青嵐の名前を呼ぶ。
 風を纏いながら瞬く間に現れた青嵐は、美咲の意思を汲み取ったかのように苦笑いを浮かべ、美咲の側から飛び立った。精霊なのでからだの使い方は自由自在である。

 そうこうしているうちに虎吉は通話を終えたようで、着ていたジャケットを一度脱いで腰に巻き付ける。
 美咲の方を見て、申し訳なさそうに呟いた。



「すまんな。仕事の援護いかなあかんみたいやわ。容疑者がラリーなんは、あれやけど……」
「……虎兄、あのさ」
「ん?」


 静かに、虎吉の後方を指差す。
 ゆっくり振り替えると、そこにいたのは何処か愉快そうに佇む実体化した青嵐。
 一瞬、顔を顰めて虎吉は言う。


「……どーゆーつもりや、青嵐、美咲?」
「あー、俺は主の――美咲の意思を汲み取っただけだし?」
「なん……」
「――デュエル、しよっか?」


 瞬間、美咲の発した言葉に背筋が、凍った。
 可愛らしく、疑問系でかけられた言葉だった。しかし其処に秘められるのは底知れぬ威厳。
 有無を言わさぬ圧力に、虎吉は身震いした。

 呑まれるわけにはいかない。
 気を強く持つためか、虎吉は一度下唇を噛んで美咲を見据える。


「……正気なんか、美咲?」
「うん、勿論」
「ほんまに? 公務執行妨害で、逮捕せなあかんくなるやん」
「出来るの? あなたに、私を傷つけることが?」
「……」


 出来ない、訳ではない。
 しかし、この少女に――美咲に手を出すことは、憚られる。
 それは背負った宿命≠ネど関係なく、ただ、彼女への畏怖だった。


「……オーケー、やろうか。勿論デュエルチェイサーの掟に乗っ取って、負けたら美咲ムショ行きやで」
「ふふ、負けるとでも? 私を誰だと思っているの」


 轟。強い風が吹いた。
 目を細めて、十七歳にしてはあまりにも妖艶すぎる笑顔を浮かべて。美咲は、小さく言葉を落とした。
 その瞳の奥に揺らぐのは、過去への悔恨と、恨みに似た感情。


「デュエルギャング頂点、チームサティスファクションのメンバーなのよ」


 それは美咲が捕らわれ、脱することのできない呪い。脱してはならない、呪い。
 忘れてはならない――セキュリティと、サテライトの過ち。


「じゃあ、はじめましょ。――天界女神が起こす、惨劇のデュエルを!!」


 叫び、同時にデュエルディスクを高らかと掲げる。


――ああ、天界女神か。


 虎吉は頭の隅でそんなことを考えていた。
 無自覚に、しかし確実に運命を歩んでいることに、一抹の不安を抱えながら。

 きっ、と美咲を睨み付けると、そこにいたのは最早ただの十七歳の少女ではなかった。
 元プロデュエリスト、――宝生 美咲が、そこで悠然と立っている。
 観念したように、虎吉もデュエルディスクを展開して、叫んだ。


「……っしゃあ! デュエルチェイサーエース儀式の執行者[セレモニーマスター]${永 虎吉、全力でお相手申す!!」
「「デュエル!!」」




(……にしても美咲楽しそうだな、耀太?)(多分あれラリーの手助けって名目でただ虎吉とデュエルしたいだけだ、虎吉もまた然り)(職務放棄!?)

僕らが生きた世界。