09
「私の、ターン」
誰に向けるでもない笑顔を作って、美咲は目を閉じた。
そこに感情なんてものは存在していない。目的を持ったデュエル中は、彼女は感情を封じている。
虎吉はそれを知っている。知っているからこそ、笑い返した。
(嗚呼、)
(悲しい人だ)
そんな思いを、胸中に抱えながら。
サテライトに来てしばらくした頃は、目的を持ったデュエル中でも、綺麗に笑っていたのだ。
美咲に与えられた宿命は、彼女からデュエル中の感情まで奪っていった。
大好きなデュエルを、楽しんでいたのに。
シティ時代のことは、虎吉はよく知らない。
だが彼女は、「デュエル」によって他人を傷つけ、「デュエル」によって傷つけられてきた。
デュエルによって掛け替えのないものを得て、デュエルによって大切なものを失い続けてきた。
彼女の運命は、ずっとデュエルによって左右されてきた。
そしてそれはこれからも変わらずで。
(守れるんやろうか)
強くあろうとしている、誰よりも弱い少女を、自分は。
もう二度と、あんな目≠ノ合わせないことが、出来るのだろうか。
「ドロー!」
流麗な動きでカードを引く。
その姿はさながら女神のようにすら思えた。
虎吉は神妙な面でそれを眺めて、哀れそうに笑う。
その顔の意味は誰も、虎吉自身すら知らない。
「チューナーモンスター、《天界魔女 ディオ》を召喚」
「げえ!?」
☆2
炎
ATK 500
チューナー
瞬間、悟る。
このタイミングでのチューナーはある意味で、悲劇の幕開けだと。
苦虫を噛み潰したように表情を歪ませて、現れた桃色髪の天使を睨み付けた。
天使は楽しげに笑うだけ。
「じゃあ、行こうか、虎兄?」
「えーっと……今から手加減とか、してくれへんかなぁ?」
「ごめん、無理かも」
今度は綺麗に笑って――ただ、そこに込められた感情は昔と意味が違うものだ――、美咲は手を高らかと掲げた。
無邪気に笑うその姿は、年相応の子供のようで。
「――レベル6のセレンに、レベル2のディオをチューニング!!」
きらりと、天使が2つの輪へと変化していく。
あまりにも綺麗なそれは、美咲にとっては希望を、しかし虎吉にとっては恐怖のみを呼ぶ、相反する光。
「 神々の巻き起こせし青嵐
蒼穹に躍り世界を切裂く
罪悪を裁き舞い降りよ!
――シンクロ召喚!! 」
刹那、天空からは黒とも白ともつかない光が一筋に降り注ぐ。
垣間見えるのは、青い羽。
「夜嵐抱け、アキュートストーム・ドラゴン!!」
†
「……姉さん?」
同時刻、シティトップスのとある施設内。
赤髪の少女が自分の姉と呼んだ、彼女によく似た風貌の女に声をかける。
声をかけた方の少女の背後には、すみれ色の髪をした男が澄まし顔で佇んでいた。
「……なに、アキ」
ぎらりと輝く杏色の双眸がアキを射抜く。
さして気にしないといった様子で、少女を一瞥したアキは、少しだけ心配そうに眉を落とした。
「別に? ただ、少し疲れたような顔をしているから」
「……ふん。……あなたに心配される筋合い、ないわ」
「ユキ姉さんってば……。……双子でも姉さんは、私の姉なんだから」
「……」
ユキは渋い顔をして、アキを鋭い目付きでじっと見つめた。
アキはユキに対して尊敬の念を抱いていたものの、ユキはそうではない。
――潰すべき対象。忌々しい存在。
ユキの胸中で渦巻くその感情は、実の妹に向けるものではないと、ユキは知っていた。
それでも、恨まなければ自分が壊れてしまいそうだった。
自分の居場所を奪った力≠ニ、自分と同じ力を持つ妹を。そして何をしても妹よりも出来の悪い姉≠竍妹の真似≠ナしかいられない、自分を。
アキがそれを知ることは勿論ないが、後ろに控えている男は、なんとなく分かっていた。
見かねたらしい男が、言う。
「体調が悪そうだな、ユキ。……アキ、一人にさせてやろう。そうすることも妹としてやるべきことだ」
「……レン」
眉をハの字にして、アキはレンを見る。
小さなため息をついて、アキはユキに少し弱々しく笑った。
「無理しないでよ、姉さん?」
「……余計な、お世話」
棘のある言葉に、思わず苦笑いを浮かべた。
そのまま踵を返して、レンについてくるよう言う。
レンがそれに従う前にユキに優しく笑むと、言葉にならない言葉で何かを伝えた。
「……礼を言われるようなことをした覚えはないな」
ぼそり、前をいくアキに聞こえないように呟いて。
窓の外に広がる、合成したような青い空を見上げた。
真っ青な空に、似つかわしくない黒い雲がぽつんと佇む。
それを見た瞬間、ぢくりと焼くような痛みが右手の甲に走った。
眉をひそめ、固有名詞を零す。
「……美咲?」
その名前はかつて自分の親友だった者の名前。
自分が付き従わなければならない存在の名前。
微かに震えた空気に、レンは彼女の姿を見て、そう言った。
「……壊れるなよ、ワタシの主」
(……左手が、痛む)(なんや、右手が痛いな)(痛い……ということは)(((やっぱり、そうなのか)))