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「……どうして手加減したの?」
「んー……? 手加減とかしとらんよ。ただ、1ターン足りんかっただけや」


 不敵に笑う虎吉に、不機嫌に眉を潜める美咲が歩み寄る。
 相対する表情を浮かべる二人の間にあるのは後味の悪い勝敗だった。

 アキュートストーム・ドラゴン。
 その蒼い龍を召喚した後、すぐにバトルフェイズに移行した美咲。
 何か来るだろう――そう身構えていた美咲だったが、そのバトルフェイズは呆気ない終わりを迎えた。

 美咲が支配するモンスター達から放たれる攻撃の数々。
 そのすべての攻撃を、虎吉は抵抗することすらせずに受け入れたのだ。
 当然、ライフポイントは0となる。
 それはデュエルの終了を意味し、結果呆気ない幕切れとなったこのデュエルは美咲の勝利となった。

 美咲は虎吉の実力を知っている。ゆえに、不愉快に思っていたのだ。
 今までで美咲が戦ったデュエリストの全てを思い返しても、彼の力は五本の指には入るはず。
 なのに何故こんな簡単に終わってしまったのだ――と。


「嘘」
「嘘やあらへんって。手札見てみ?」


 ぼそり呟くと虎吉が持っていた手札のカードをを差し出した。
 言われた通りにそれを受け取り、表を向けて――。


「……ッ!」
「な、言うた通りやろ?」


 得意気に語る虎吉を忌々しげに見つめて、小さく小さく舌打ちを溢して虎吉の頬を軽く叩く。
 ん? と柔らかく笑ってみせた虎吉はその顔を崩さず、美咲の顔を覗き込んだ。


「……精霊に頼んだでしょ。負かせてくれって」
「さあ、なんのことやら」


 けたけた笑う虎吉に美咲は1つため息を落とす。
 まったく、喰えない人。
 そんな歳不相応の言の葉を吐き出してから、美咲は小さく困ったように笑った。


「情けをかけられるなんて、まだまだってことかなぁ」
「んや? 美咲は強いで。てか、俺のデッキやと負けると思うんやけど」


 それは虎吉の心からの言葉だった。
 いくらなんでも美咲が先行の3ターン目、思った通りにエースモンスター――アキュートストーム・ドラゴンを召喚するなんて、狙ってできることではないのだ。
 それを易々と成し遂げてしまうのは、美咲のカードを信じる心の強さゆえだろうと、虎吉はそう思っていた。


「……次、デュエルするときは」
「ん?」
「本気で来てよ。アンティ無しで、やろ。仕事も使命も何にも無しで、本気で」


 アンティ(掛札)があったからこその結果に、美咲は満足していなかった。
 それを汲み取ったのか虎吉は口角を釣り上げ、恭しく一礼をしてみせる。
 まるで従者が女王に忠誠を誓うときのような、そんな礼。


「――仰せつかりました、美咲おじょーさん」


 目線をあげて美咲を見る。
 そこで笑う彼女は何処か儚げで、しかし美しかった。

 虎吉は礼を解き、美咲に歩み寄って彼女の頭を撫でる。
 その昔、自分たちが孤児院――と呼べるほど大層なものではないが――で過ごしていた頃と同じように。


「遊星によろしゅう言うといてな」
「事の一部始終を伝えたらきっと私が怒られるから嫌だ」
「なんや、怒られるってわかっとんのかいな」


 当たり前、小さくそう呟いて頭に乗っかった虎吉の右手を払い除ける。
 そうされたことで一瞬だけ浮いた虎吉の右手のひらを、親指で組むように掴む。
 虎吉がデュエルチェイサーとして働くために孤児院を去ったときと、同じ。
 懐かしさを振り払うように笑い、手をほどいて、美咲は駆け出した。


「じゃーね、虎兄」
「ほんならな」


 駆けていく美咲の背中を神妙な面持ちで見つめる虎吉。
 生ぬるい風を一身に受けて、小さなため息を吐き出した。




「――で? なんか用なんかい」
「ひっ!?」


 虎吉が声を若干低めにして言う。
 ジャンクの山のかげに向けられたそれは目的を揺らして宙に消えた。
 尚も出てこようとしないそれ≠ノ虎吉はひとつ息を吐き出して、ジャンクの山に向き直った。


「出んかったら、こっちから行くけど?」
「やっ、待ってください……! こ、心の準備がまだできてませんぅ……!」


 か弱く震える声を真顔で受け止めて、虎吉はそれ≠待つ。
 やがてそれ≠ヘジャンク山の後ろから姿を現した。

 線の細い、いかにも少女然とした女子。
 エメラルドグリーンの、サテライトには似つかわしくないきらびやかな髪。
 女子にしては少し固めの髪は、ところどころ跳ねていた。
 目も同じようにエメラルドグリーンで、形容するなら「宝石のような」というのが相応しいだろう。

 身形はいい、ゆえに虎吉は推測する。
 彼女はサテライトの人間ではない――と。

 面倒なもん見つけてもーたな。
 なんて、口許に描いた弧とは不釣り合いな言葉を吐いて虎吉は少女と向き合ってみた。

僕らが生きた世界。