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──数日後。




「たららららららんらん」


 昔何処かで聞いたファンタジーミュージックを口ずさみながら、美咲は鞄の中に衣類、カード、その他日用品を詰め込んでいた。何処か浮かない顔をしているせいで、鼻唄までもが暗く聞こえてしまう。

 虎吉とデュエルしたあの日から数日。
少し事件はあったものの、遊星の活躍で事なきを得た。
 余談ではあるが虎吉とのデュエルの日、遊星もセキュリティの人間とデュエルしていたようである。
 何があったの? と聞いても、遊星は曖昧に濁すので、あまり深く聞かないことにした。

 ……それとは別に今日美咲が鞄に日用品等を詰め込んでいるのには訳があった。
 そして、その訳≠ェ、美咲の気分を憂鬱にさせていたのだ。


『……美咲』
「……耀太?」


 ふらっと現れた精霊、耀太になるべく心配をかけぬようにと笑ってみせる。
 が、そんな無理な笑顔は耀太には簡単に見抜ける上、煩わしいことこの上なく、むすっとした顔でその美咲の頬を実態なき手で摘まむ。
 痛い、と美咲が反射的に呟くも、そこに痛みなどは存在していない。


『あほ、無理して笑ってんな』
「あはは……耀太には隠せないなぁ」
『当たり前だろ』


 はぁ、とわざとらしくため息をついてみた。というより、実際わざとだ。
 燿太がちらと美咲を見てみれば、その表情は未だにすぐれないまま。
 意を決したように耀太が口を開くと、美咲はそれを見つめる。


『不安か? シティ行くの』
「……ちょっとだけ、ね」


 あはは、と空笑いを溢してから宙に視線を移す。

──美咲は今夜サテライトを発つ。
 シティに帰る≠けではないのは、目的をただ果たすためであり、そのままシティに在住するつもりはないからだ。
 ジャックに預けた──二枚のカードを取り戻すため。それだけのために、美咲たちは危険を冒す。

 出来ることならば行くのは避けたかった。
 彼ら≠ノ会うのが怖いのだ。何を言われるのがわからず、その言葉を受け止めきれるかわからないから。

 しかし背に腹は替えられない。
 自分の大切なカードを取り戻すためには、自らシティへ赴く必要があったのだ。


 いろんな思いが駆け巡る。

 彼≠ヘ自分を再び殺そうとするのだろうか?
 彼≠ヘ逃げた自分になんというのだろう。
 彼女≠ヘ──結果的に捨てる≠アとになった彼女は、自分をどう罵倒するのだろうか。

 そんな思いがシティに行くのを鬱々とした気分にしていた。
 見かねた耀太は乱暴に美咲の頭を撫でて、不器用に言葉をかける。


『あー……その、なんだ。……なんかあっても守ってやる。だからそんな顔してんじゃねーよ、バカ』
「……もう、耀太ってば」


 ぶっきらぼうな彼の言葉に、思わず顔を綻ばせる。
 そうだ、自分にはこんなにも大切にしてくれる精霊がいるではないか──。
 胸中にそんな安心を抱く、美咲のささやかな幸せ。

 しかしそんな幸せな時間は、一つの声によってかき消された。


「美咲、耀太兄さん? ……いるのか?」
「──っ!」


 あまりにも静かなその声は、美咲の心を侵食していった。

僕らが生きた世界。