13

 しきりのためのカーテンが明け広げられ、その向こう側では遊星が複雑な面持ちで立っていた。
 大方、というよりも間違いなく遊星がカーテンを開けたわけだが、その当の本人がそんな顔をして立ち止まっていれば、美咲だってかける言葉がなくなる。
 ──が、そんなことは割かしどうでもよかった。少なくとも美咲にとっては。


「……耀太兄さんは?」


 そんなことより声すら掛けず入ってきて、着替え中だったらどうするんだ! とかなんとか、言いたいことは多々あった。
 が、そんなことよりもなによりも、重要なのは。美咲が危惧していた、一番に大事なことは。


(見られた? 精霊と話しているのを──?)


 自分にとってはそこの空間に精霊体の耀太がいる。だが遊星に精霊は見えない。
 故に遊星からみた美咲は、何もない空間に話しているだけ≠ニなる。
 他人からすれば勿論、そんなのは薄気味悪いことだ。事実それを知った大人に煙たがられたこともある。そんなことは、美咲が一番知っていた。知りたくもなかったのだけれど。

 どうする? どう言い訳する?

 いろいろな考えと言い訳が頭のなかを駆け巡る。
 それにたとえ今言い逃れられたとして、いつかまた同じような事態になってしまうのでは?
 それならいっそ言ってしまった方が──。

 美咲は逡巡する。
 あ、あの、と口ごもっていると背後からはぁ、と小さな声が聞こえた。おそらく耀太のものだろう。だが美咲には構っている余裕なんて存在しない。──はずだった。


『もー、いいんじゃねえの。遊星だって、まさか何も気づいてねえ訳じゃあないだろ。
 それに遊星は他人とは違う。それはお前が一番わかってんだろ?』
「……っ」


 そんなことは言われなくてもわかっている。遊星はそんなことを気にするような人間ではない。
 そんなことは、しっていた。わかっていた。だがそれでも、美咲は言えない。
 蘇るのは疎まれていた頃の過去。他人からすれば、見えないもの≠ニ会話する美咲は異端で異常で異状で異端で異質だった。
 出る杭は打たれる、とはまさにこのことだ。他人と少し違う存在は、排除される。それがこの社会に根付いた思想。

 異端者美咲はその標的にされ、蔑まれ続けてきた。そしてそれはおそらく、美咲がサテライトへ飛ばされた理由と直結しているのだ。

 過去の 記憶  が少女 を  蝕んで。


「……美咲」
「っ……」


 遊星に名前を呼ばれ、ハッとしたように顔を上げる。美咲の目に写ったのは、今まで通りの笑顔を浮かべる遊星の姿。
 思わず呆気にとられていると、ぽふ、と頭に遊星の手が乗った。手袋越しに伝わる温かさに、心のなにかが溶かされる感覚を覚える。


「大丈夫だ」


 それだけ遊星は語って、美咲の頭を撫でた。……どうして彼はこんなにも優しいのだろうか。その理由を知ることは一生ないだろうけれど、感じる柔らかさに泣きそうになる。
 泣くものか、と決意をし、一度顔をあげて、遊星をまっすぐ見つめた。


「……嫌わない?」


 こくりと小さく遊星は頷く。嫌うわけがない、と小さく呟かれた気がした。
 きゅっと唇を噛んで、美咲は精霊の名前を呼ぶ。兄のようなその存在の名前は、ずっと呼び続けていたもの。


「……耀太、青嵐」
「おう」
『えっ俺も?』


 おめーもだよ、と言いながら耀太が姿を現した。正しくは実体化だが、遊星から見ればそう言うのが正しいのだろう。
 続いて青嵐も出てくる。が、遊星はさして驚きもせずに二人をじっと見つめ、考え込むように黙り込んだ。
 おそるおそる、美咲は口を開く。


「私、生まれつき変なんだ」
「変?」


 遊星のおうむ返しに美咲は目線で答える。それを受け取った遊星はそれ以上何も問い質さずに美咲の言葉を待った。
 戸惑いながら、言葉途切れ途切れに続ける。


「……生まれつき、見えないものが見えて。
亡霊とかそんなんじゃ、ないけど。……私に見えるのは、カードの精霊」
「カードの?」
「……ん。ええっと、ね。この世界と違うところに、精霊世界ってところがあって……」
「あー、そのへんは割愛しとけ。多分長くなる」


 耀太の制止に美咲は一瞬硬直する。が、意図をすぐに汲み取って口を再び開いた。
 遊星はなんのことか分からなかったが、二人の話に水を注すのも悪いと思ったのか何も口にしない。


「……それでね。精霊が見えるひとってのは、たまにいたりするんだ。……でも、私が異端たる所以は、違うところにあるの」
「なに……?」


 遊星が少しだけ眉を潜めた。それは美咲がまだほかのことをいうからではない。
 彼女が自分自身を異端と称したことにすこしばかり憤りを感じたからだった。
 しかしその遊星の表情の変化は美咲はおろか、遊星自身も気づいていないほど微弱なもの。ゆえに美咲は気に止めず話を続ける。


「……私が所有したカード全てに、精霊が宿って。
 人型ではないモンスターも、人の姿をとるということ」
「……?」
「ええっと……。あのね、精霊はカードの数だけ存在する訳じゃないの。
 カードはこの世界に何枚もあるけれど…精霊世界に住む精霊は無限じゃない。だから、カードにも精霊が宿るものと宿らないものがあるんだけどね……。
 私の"手"はその摂理を破壊して、所有したカードに"人格"を宿して"精霊化"させる力があるの」
「……ええっと」


 頭のよい遊星がオーバーヒート寸前になった。美咲も参ってしまったようで少し頭を抱える。

僕らが生きた世界。