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 男は邪悪な笑顔を浮かべていた。
 血のように赤く輝く双眸を睨むようにして、美咲はただそこに佇む。暫しの静寂の後男はその笑みを一層強くし、その空虚な静を低い声で破った。


「よお、久しぶりだな、宝生さんよ。で、早速だけども──死んでもらおうか!!」


 鋭利すぎる殺意がその場を蹂躙し──美咲はカードを手にとって、かの人を見つめ直した。
 その瞳が欠落したはずの感情に濡れていたのは、果たして誰が気付くのだろう。







──五時間前。



「……母さんが、予言者?」
「彼奴はそう言っていたな」


 燿太は遠い目をしながら、美咲にそう伝えた。隣にいる青嵐は同意するように頷き、遊星は訳がわからないと言いたげに目を丸くしている。
 美咲も美咲で、どういうことかと問いただそうと体を前のめりにした。が──とん、と、燿太の指先が美咲の額に当てられる。


「ぁいたっ!?」
「行きながら話してやる。今は早く準備しろ、もうすぐ約束の時間だ」
「……あっ」


 忘れていた。美咲も、普段あまり物忘れをしない遊星ですら忘れていた。
 今日、二人はシティにいくのだ。それなのに、こんなところで時間を食っていられない。
 美咲はKCのヘリで、遊星は犯罪同然の方法でシティに向かう。美咲も美咲で義父のヘリを時間制限ありきで借りているのだし、遊星は数分の間でシティに向かわなければならない。
 時間は、刻一刻と迫っている。


「ええっと、じゃあ、遊星」
「どうした?」
「ちゃんと、時間通りに来てね。私、待ってるから」
「ああ」


 小さく頷いて、遊星はまっすぐ美咲を見つめる。
 美咲は鞄を左手で持ち直して、右手で遊星の右手にとってみた。不思議そうにキョトンとする遊星に、美咲は笑いかける。


「大丈夫だって、信じてる」
「……ああ」


 その根底にある想いは、昔への悔恨。それを知っているからこそ、遊星は少しだけ間をおいて答える。
 見届けて、美咲は一礼。顔をあげて、はっきりと遊星へ行った。


「じゃあ、先に──“いってきます”」
「……“いってらっしゃい”」


 燿太、青嵐。二人の名前をそう呼ぶと、二人は頷いて、風と同化する。消えた彼らの香りが、ほんの少しだけ鼻腔を擽った。
 そのまま、美咲は駆け出す。ヘリコプターが待つ場所へ。遊星はその姿を見えなくなるまで、見送っていた。







「……で。母さんが予言者ってどういうこと?」


 久しぶりに座るヘリコプターの感触を程々に懐かしみ、美咲は窓の外を眺めて開口一番そう問うた。
 精霊として燿太が美咲の隣の席に座り、深く息を吐き出す。やがてぽつりと言葉を漏らしだした。


『予言者っつか、予知夢を見てたんだとよ』
「予知夢?」


 美咲の鸚鵡返しに燿太はただ頷く。それを一瞬だけ見て、すぐに視線を窓の外へと向けた。
 燿太もその視線をなぞるように視線を滑らせ、ついでに溜息をひとつ。どうも、あまり楽しい話ではないらしい。


『それが精霊が見えることと関係してるかどうかは定かじゃねーが、まぁ多分、そうだろ』
「どうしてそう思うの?」


 はたからみれば大きな独り言。しかしヘリコプターの運転手は幼い頃から美咲を知っている付き人のようなものだったので気にはしない。
 それを知って、燿太は次々と言葉を並べていくのだ。


『アイツが使うデッキは《夢魔》と呼ばれるシリーズのデッキだった。
 その中の《夢魔の魔女 エリーゼ》がアイツの切り札で、相棒と言うべき精霊』
「夢魔?」
『夢に現れる悪魔のこととか、不安や恐怖を感じる夢のことを夢魔という。
 エリーゼは前者。それに加えて、未来の姿を映し出す夢に現れるもんだからタチが悪い。
 ま、その姿は多分《夢魔と未来の神 エリーゼ》っていうシンクロの姿を表したもんだと…』
「は? ……なに言ってんの。シンクロは最近できたものでしょ?
 母さんが生きていた頃にシンクロなんて……」


 まぁ待て、小さくそう言って燿太が美咲の口を手で塞ぐ。
 実体の無い手で塞いだところでどうにもならないのだが、美咲は素直にそれに従った。


『だいたいよ、お前不思議に思わなかったか?
 何でお前が伝説とまで称される海馬の元にいるのか』
「それは……そりゃ、勿論」


 当たり前でしょ、そう付けたして燿太の瞳を見つめ直す。透けて向こう側が見えるものの、美咲の瞳は燿太をじっと捉えていた。


『まぁ、簡単にいえばKCに関わりがあるのはお前の母親からだ。
 幼い日、エリーゼの魅せた予知夢で、海馬を助けたことがあってな』
「はぁ!?」
『長い話になるし、あんまり語るつもりもねえけど。
 ……その頃からの縁なんだよ。だから、一般普及してないシンクロを試験的に持たせるという名目で、元いたエリーゼに新たな姿を与えた』


 沢山の事が語られすぎて、頭がパンクしそうだった。正直これ以上なにも喋るな、そう言いたくもなる。
 しかし聞かない訳にはいかない、そう思いながら次の言葉を待った。燿太はそんな美咲を気遣ってか、少し短めの言葉で結論を下す。


『ある日あいつは、ゼロ・リバースで自分が死んでしまう夢を見た。
 だから、生まれて間も無いお前を昔からの知り合いである海馬の元へ預けたんだよ。
 勿論借りのある海馬は断れるわけもねーが……ま、断るようなやつでもな……くもない、か』
「う、うん」
『肯定した』


 肯定するしかないでしょ……。そう呟いて思わず苦笑いを零す。
 程なくして、そのヘリコプターはシティへと降り立つのだった。

僕らが生きた世界。