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 ──時刻0:03。停止したパイプラインは活動を再開した。
 普段なら粗大ゴミが絶え間無く流れ込むパイプラインだが、この日は数分だけメンテナンスで活動を停止していた。その隙にパイプラインを通って、遊星はシティへの侵入を試みた。

 結果は、成功。何もかも上手くいったわけではないが、遊星はなんとかシティへの侵入を成功させていた。
 途中前にも戦ったセキュリティの牛尾に見つかっているのでシティへ侵入したことは暴露(ばれ)てしまっているが、まぁそれはおそらく何とかなるだろう。

 そんなことを考えている遊星だったが、そんな考えは一気に取り払われることとなる。 遊星がシティについて一番最初に行った行動は、美咲を探すことだった。

「待っている」。
 彼女は間違いなく、そう言った。美咲に限ってその約束を──相手が遊星なら尚更──違えるはずがないし、シティの地理を遊星よりは知っている美咲なので絶対に彼女はいるはずだった。


 確かに、そこに美咲はいた。いた、のだが。
 明らかにいつもとは様相の違う、表現するならば冷酷な雰囲気を纏わせて、美咲はそこに立って──否、君臨していた。

 ゾッと、遊星の背を悪寒が這う。
 サテライトのデュエルギャングだった頃、彼女はよく《天空に君臨する女神》だとか、《月の破壊神》だとか揶揄されていたことがあった。
 因みに、前者は美咲が使うデッキからついた渾名、後者はあの頃美咲が《ファンタジアソル・ドラゴン》や《アキュートストーム・ドラゴン》と同様に切り札として使っていたカードからつけられた渾名だった。

 だが、その頃とは違う。女神だとか、神だとか。そんな次元の話ではない。
 この場の空気を全て蹂躙し尽くし、絶望も希望もごちゃ混ぜにしたような存在。今の美咲はそういう"もの"だった。


「……っ、美咲?」


 声をかければ、彼女はゆっくり振り向く。
 紅く染まったいつもと違うガラス玉のような目が遊星を射抜いた時、遊星は始めてその美咲の足元に横たわる"人"の姿を見た。
 虚ろな瞳でこちらを見る美咲は、ゆっくりと口を開いた。


「……遊星……?」


 そう呟きながら美咲は遊星へ振り返る。毒を抜かれたかのようにか細く、今にも消えそうな声だ。
 真紅を映していた瞳はいつの間にか空色に戻り、纏っていた空気も美咲本来の物へと変わっていた。
 そのことに遊星はほんの少しだけ安堵して、小さな息を吐き出した。──その"人"の言葉を聞くまでは。


「ひ……と、ごろし……」
「……!?」
「……」


 人殺し。その人は、その男は確かにそう言った。聞き間違いでも空耳でもない。

 誰が。
 そんな疑問の答えは明白だ。聞かなくてもわかる。美咲だ。
 冷めた目でそれを見下す美咲だったが、やがてその男の前にしゃがみこんで小さく口を開いた。


「……殺してなんか、ない。殺したとすれば、それは人々の悪意がそうさせたもの」
「な……にを、」
「だけど、そうだね。……私が関わってしまったのはきっと事実だから、時間を作って、お墓参りとお見舞い、行かせてもらいます。どうか、それを私の贖罪とさせてください」


 意味がわからなかった。
 贖罪。罪を償うこと。美咲が罪を犯したというのか。それが──人を殺したということなのか?
 わからない。それ以上に、知らないことにショックを受けてしまった。また、知らないことが増えてしまった−−と。

 立ち上がって、美咲は自分の携帯を慣れた手つきで起動させる。それを耳にあてがい、そのまま止まった。
 遊星がその様子を興味津々と──そう言うと誤解を招きそうではあるが──いった様子でそれをみつめるものだから、美咲は多少居心地の悪さを感じたらしく、その携帯をスピーカーフォンに変えて手から離した。
 間も無くその携帯から聞こえてきたのは、数年前から随分と聞いてきた男の声。


[なんや、美咲か? めずらしーな、あんさんから連絡よこすんとか。しかもこないな深夜に]
「うん、ごめんね、寝てた?」
「その言葉遣い……まさか虎兄さん?」
[寝てへんよ、夜勤やし。……で、その声はまさか遊か?]


 久しぶりやなぁ、そう携帯の向こう側でけらけら笑うのは遊星の言葉通り、須永 虎吉その人だった。
 何故、今彼に電話をしたのか。遊星は疑問に思いつつ、美咲に話をするようすすめた。それは電話の向こうの虎吉に伝わるはずもないのだが、まるで示し合わせたかのように虎吉から話を始めた。


[で? 何や、今何処なん?]
「……シティ、だよ」
[……へえ?」


 虎吉の声が少し楽しそうに揺れる。予想しなかった言葉を、待ち望んでいたかのように。
 セキュリティである彼にそれを告げるのは、不法侵入をわざわざ教えているようなものだが、それでも言わないわけにはいかなかったのだ。


[遊もおるってことは、会いに来たんやんな、ジャックに? まま、そりゃどうでもええねんけど、本題は?]
「アルカディアムーブメント、知ってるよね?」
[あー、まぁな、一応監視任されとる組織やし。で? アルカディアムーブメントがどないした]
「殺しに来たんだ、あいつら、私のこと」
「な……っ」
[……は?]


 その場の空気が、一瞬止まった気がした。
 だがそれは美咲にとって予想していたことのようで、小さく息を漏らすと彼女は遊星を一瞥してからすぐに口を開いた。


「だから返り討ちにしてみたんだけど……これ、正当防衛だよね? 一応言うけど、死んでないからね?」
[やー……まぁなぁ、死んどったら検挙まで行かんくても何かしら行動取ってたかもしれやんけど、まぁ生きてるんやったら正当防衛やな]
「なら、いいよ。この人の身柄引き取りに来れたりしない?」
[生憎やけどこれからダイモンエリア行かなあかんねよな。ま、安心しい? アルカディアムーブメントやったら内通者おるさかい、そいつそっちにやるから。後は俺らに任せとき。そんで、ちゃんとケジメつけてきーや、美咲、遊]


 伝わるはずのない笑顔を浮かべてみる。
 遊星も遊星で複雑な表情を浮かべながらも、しかし虎吉の言葉には同意を示したようで、やはり伝わらないが頷く。

 じゃあ、そう小さく呟いてから携帯を切る。これ以上話してしまえば、きっと名残惜しくなってしまう。
 根底で《人》との関わりを求めている美咲の、そんな考え。勿論虎吉も遊星もそれは知っていて、咎めるような真似はしなかった。


「……それじゃ、遊星」
「……ああ」


 儚く笑う美咲をみていると、さっきのような禍々しい雰囲気は嘘かとすら思う。
 だが、どちらも美咲だ。人を殺したとか、殺されかけたとか、全部ひっくるめて美咲だ。
 その話なら、きっといつか話してくれるだろう──そんな確証のない、しかしそうなるであろうことを確信して遊星は上を見上げた。

 いる。
 "彼"は、いる。
 王者はそこに、文字通り君臨している。


「感動の再会と、いきましょーかぁ?」


 感動なんてものからはかけ離れた、美咲の声。そこに見据えるのは、遊星と同じくただ一人。
 やがて"彼"は、笑って。二人の時間を引き裂くように、ただ残酷に、上辺だけの言葉を並べる。


「待っていたぞ……、遊星、美咲よ」


 "彼"──キング、ジャック・アトラスはそういって、遊星と美咲と言う名の道化師の来訪を心より歓迎した。




(待ち焦がれた絶対王者はすぐ其処に)(あの顔を何度夢にみたんだろう?)

僕らが生きた世界。