18

 シティの夜。殆ど人もいなくなった道を、二つのDホイールが駆ける。それを追いかけるようにもう一つのDホイールと、普通の人間には見ることができない精霊体の青嵐がふよふよと追いかけていた。
 長い長い沈黙。やがてたまらず、青嵐が口を開いた。


『……お前さ、いつの間にバイク運転できるようになってんの?』
「聞いて驚け、バイクの運転なんざ何万年行きてて初めてだついでにいうとほとんど知識ねえ」
『今すぐ美咲おろして!? 美咲死んじゃう気がするんだけど!!』


 遊星とジャックのツーリングの後を追うような形でクレッセント・ナイトを運転するのは燿太。その背中には美咲が眠っている。
 遊星たちのDホイールが一人乗りのものである以上誰かがクレッセント・ナイトを運転し、その背中に美咲をつれることは必然なのだが──運転手の燿太がこれでは多大なる不安が残る。
 青嵐にあーだこーだ言われてもやはり今回ばかりは否定出来なくて、今回に関しては喧嘩も始まらなかったらしい。

 青嵐か燿太、更に言えば《ブラッディルナ・ドラゴン》、すなわち真夜が龍のまま実体化し、その背中に美咲を乗せることも考えたのだが、真夜中とは言えどここはシティで──シティでなくともだが──、龍の姿を人目晒す可能性のあるその方法は断念された。実のところ、一番安全な方法ではあるのだが。


「……」


 燿太はふと、余所見をしてみる。そこに広がる光景は、美咲がこちらに住んでいたあの頃より遥かに輝き、燿太が燿太≠ニいう名をもらう前──《ファンタジアソル・ドラゴン》として暮らし続けていた何万年前よりも遥かに栄えていた。
 人工的なその光は燿太の目には少しだけ残酷に映る。時の流れを示して、まるで置いてけぼりにされたような感覚だ。と、そのとき。


「……っ?」
『……なんか、おかしーな』


 燿太がその肌に違和感を感じたと同時に、Dホイールに並走するように浮いてついてきていた青嵐の目つきが変わる。
 肌に触れる空気が変わった。さっきまではシティの空気が風となり肌を撫でるだけだったが、今は違う。Dホイールで走っているにもかかわらず、風が止んだのだ。と、同時にその空気すら変質していた。そこにある空気は、別空間のものだ。
 青嵐と燿太が一瞬目線を合わせ、同時に頷いた。


「……誰だ! どこにいる!?」


 燿太がありったけの声量で叫ぶ。それでも前に走る遊星とジャックが振り返らない。そして何より、解放された空間ゆえに響くことのない声が響いたことで、確信した。
 自分たちは世界から、隔離されたのだ、と。


「……っ!?」


 変わった空気が肌に纏わりつく。乖離したような感覚に陥った瞬間、ぐるん、と、世界が一回転し──そこが闇に変わった。
 何があったんだ、と一瞬模索するも、その答えはすぐに見つかる。

 サイコデュエリスト、或いは──能力者。
 自分たちを、否、美咲を引き止めるための空間を、『そいつ』は作り上げたのだ。
 目的なんてものは、知らない。知らないが、一つだけ確かなことは、美咲を守らなければならないこと。

 世界から切り離され閉じ込められた以上、逃げ回っても仕方がない。Dホイールを減速させ、止める。一面闇の辺りを見渡すと、そこにふわりと銀色の影が現れた。


「……誰だ」


 威嚇するように声を低くし、その影に話しかける。やがてその影はこちらに近づき、姿を露わにしていく。
 銀色の髪に黒色の帽子を深くかぶり、グレーのスーツを着ているその姿は、少し異様でもあった。目は帽子に隠れて見えない。それが逆に怖さを助長させている。


「初めまして、Mr.……、ええっと、《ファンタジアソル・ドラゴン》、かな?」
「……何故その名を知っている? 何者だ、お前」
「ああ……安心してくれよ。僕は君の主人を殺しに来たわけじゃあない。寧ろ、それらを嫌う側の人間だよ。……能力者ではあるけどね。力の制御は覚えているつもりさ」


 くすくすと笑うその人影に、燿太は苦い顔をした。声だけでは、男か女かすら判断できない。わざとそういう喋り方をしているのだろうけれど、故にそんなこと言われても更々信じることは出来なかった。
 眼光を鋭くしその人を睨んでみるも、人は穏やかに笑って見せるだけ。


「おや、名を名乗らないのが不満かな。僕の名前は……そうだな、今はフェニックスとでも呼んでくれるか?」
「実名かよ」
「まぁ、実名か実名じゃないかと聞かれたら、実名だ」


 掴めない。この存在が何をしたいか、燿太にはわからなかった。それは青嵐も同じようで、何かあればすぐに動けるように、と構えていた。
 その青嵐の姿を認めた燿太は、静かに話を続ける。


「何をしにきた」
「美咲を長官の元に連れていくために」
「……長官……だと?」


 この場──シティにおいて長官という名詞が指すのはただ一人しかいない。
 ネオドミノシティ長官、レクス・ゴドウィン。おそらく、それは多分この──フェニックスがいう長官も、ゴドウィンのことだろう。


「うん、そう、長官。僕は長官直属のとある組織にいる。そこには本来、美咲もいるべきなんだ」
「……はん。まさか星の民の関係か?」
「そんなところかな。《ファンタジアソル》。君なら、分かるだろう? 連れていかせてくれないかな」
「……」


 確かに、確かその場所は色んな意味で美咲が居るべき場所だ。だがしかし、果たしてそれを美咲が望むだろうか。答えはNOだろう。美咲はおそらく、自分の使命を知ったとしても、遊星たちの元に居ることを選ぶ。だとしたら、返す答えは一つだけ。
 フェニックスにお断りだ、といった意味の視線を送る。頬にあるマーカーのような痣が淡く輝きだしたそれを見ると、フェニックスは不敵に笑う。
 何がおかしい。そう聞こうとして、燿太は息を飲む。違う、おかしいのは俺の体だ。



「まぁ、断られても連れていくんだけど。
 《桜の守護妖精 ラーチェル》モンスターエフェクト発動。《ファンタジアソル》、しばらく実体化を無効化させてもらうよ」
「《桜の守護妖精》──だと……っ!?」


 なんでお前がそのカード≠持っている!? そう尋ねる前にその体は実体を失い精霊のものとなる。そうなってしまった以上、普通の人には燿太の姿は見えないし聞こえない、そして触れられない。
 それは即ち、美咲を守ることができない、ということの表れで。


「さぁ、行こうか美咲。あなたのあるべき場所へ──」


 カードを一枚取り出して、フェニックスは満足げに微笑んでいる。
 その白い縁に描かれた《桜の守護妖精》は、まるでほくそ笑むようだった。

僕らが生きた世界。