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「……ここが、」


 義兄という扱いたる燿太及び青嵐の二人を侍らせて、美咲は目の前に立ちはだかる建物を見上げた。

 収容所。
 囚人たちが押し込められるこの地を、シティの人間は「クズの溜まり場」と形容する。それが正しくなくても、シティの人間からすればそうでしかなかった。
 実際に足を踏み入れてるわけではないが、重々しい空気が収容所の外にまで伝わる。囚人としてここに来るわけではないが、気分が落ち込んで仕方がない。
 はあぁ、と大きなため息をついた美咲を見兼ねた燿太が、こつんと美咲の頭を小突いた。


「痛ッ!?」
「暗い顔してんじゃねえよ、……なんかあったら守ってやるから安心しろ」
「燿太お前一人だけ抜け駆けはなしだからな? 俺だってちゃんと、美咲ちゃんのこと守りますからぁ」


 何故か張り合った青嵐の一言に燿太の目つきが鋭くなる。お前に守れんのかねえ、なんて余計な言葉を付け足すものだから、青嵐の笑顔も固まった。
 そのまま乱闘に入りそうな雰囲気だったので、美咲は自然に二人の間に入ってそれを制する。こんなところで喧嘩なんかされたらたまったもんじゃない。
 それにしても、と美咲がじっと前を見る。その声に疑問を持った二人が同時に美咲を見た。


「……なんか重々しいね、空気」
「そりゃぁ、負の気に満ち溢れてるような空間だしなぁ」
「負の気?」
「苦しみ、悲しみ、痛み、妬み……そーゆーの。人間のマイナスの感情引っくるめて全部……、空気を重々しくするんだよ」
「……私には、わかんないなぁ」


 ぼそり、と呟く。ああ、そうだったなぁ。
 青嵐は少し苦い顔でその横顔を見つめ続けた。

 美咲の感情は、どこか乏しい。かつて遊星が「欠落している」と言ったほどには乏しかった。
 これでも、昔はきちんと笑いきちんと怒りきちんと悲しむ少女だった。それがどこか上辺だけになってしまったのは、とある事件のせいだ。そして、その事件で生まれた「悪魔」のせいだ。
 それを分かっているから、青嵐と燿太は美翔を好きになることができなかった。分かっていなくても、好きになってはいなかったのかもしれないが。

 重々しい空気が沈黙に包まれて鉛のような重さを孕む。何もかける言葉がなくなってどうしようかと思い始めた頃、カツカツと足音が聞こえてきた。
 ふと、そちらに目をやる。そこにいたのはセキュリティの制服を着こなし、人懐っこいような笑顔を浮かべた青年だった。


「あなた方が特別講師、でしょうか? ゴドウィン長官から話は聞いております。私はこの収容所内を案内させていただく、藤元と申します。以後、お見知り置きを」


 まるで元々用意されていたかのように流れ出る言葉の羅列。薄気味悪さを覚えるが、それを美咲が表に出すことはない。
 その人懐っこい笑顔も、どうせ作られたものなんだろうなぁ。頭の片隅でそんなことを考えつつ、美咲も作られたように′ゥ事なまでのお辞儀と言葉を返す。


「美咲と言います。よしなに」
「兄の葉月 燿太」
「同じく青嵐です、よろしくお願いしますね藤元サン」


 貼り付けた言葉と態度には、嘘で固めた言葉と態度を。そこに誠意なんてものは一つも込めず、ただ作業のように言葉を流していく。
 それに相手が反応したかどうか見る間もなく、藤元は踵を返した。もう少し余裕というものがあってもいいんじゃないか。的外れなことを考えつつ、その背中をぼうっと見つめる。
 顔だけをこちらに向けた藤元は、口角だけをあげて笑いながら言った。


「どうぞ、こちらへ。中は広いですから、はぐれないようにしてくださいね」
「……ご安心を。あなたが思っているほど、子供ではありませんから」


 嫌味に嫌味を返して、美咲は藤元へ着いていく。敵意を滲ませる二人の龍に一言「落ち着いて」と声をかけ、美咲は収容所の中へと消えていった。




(遊星、どうか無事でいて)(この地獄の場所で、お前は、)

僕らが生きた世界。