21

 連れてこられたのは大きな扉の前だった。とはいっても、美咲からすれば大きいというだけで、燿太や青嵐からすればそれ程でもない。
 ここは? と藤元に問いかけてみると「娯楽室です」とだけ返ってくる。娯楽といってもデュエルしかありませんので、実質デュエル場ですけれどね。付け足して藤元は視線を腕時計へ流した。


「……おや、もうこんな時間ですか。すみません美咲さん、僕はそろそろ行かなくては」


 随分と勝手だね。言いそうになった言葉を無理矢理に嚥下してにこりと微笑んだ。彼がいない方が自由に動けて何かと都合がいい、というのもあって藤元を止めるような真似はしない。
 お構いなく。寧ろ関わらないで。絶対に言わない言葉だが、心の奥底でそんなことを考え毒づいてみる。藤元がそれに気づいたか否かは分からないが、藤元は少しだけ冷たい目線を美咲に残して去っていった。

 やがてその姿が見えなくなる。そばで聞かれているということもないだろうと考えて燿太は盛大な舌打ちを漏らした。普段なら青嵐がやめろと咎めるだろうが、生憎今の青嵐も機嫌はあまり良くない。
 なぜこんなに苛立ってるんだろうか、と二人を見上げてみれば二人とも自分の顔に不機嫌さが滲んでいることに気づいたようで、バツが悪そうに視線を逸らす。


「どうかした?」
「……あの藤元ってやつ、生理的に受け付けねえ」
「同感」


 精霊、それもドラゴンたる彼らにも生理的嫌悪という感情があることに驚く。わりとどうでもいいことなのだろうが、小さな発見に感心せずにはいられなかった。

 あからさまに嫌そうな顔をしている二人に、やっぱり根底は似てるんだなぁ、なんて思いつつ目の前の扉を見る。
 ここを開けば何人か囚人に会うことになるのだろう。遊星と会うためにはそうするしかない。
 囚人たちを差別するつもりなどはそもそもないが、やはり怖いというのが美咲の本音だ。流石にないとは思うが、暴力を振るわれたりしないとは言い切れない。そんな時は燿太と青嵐が死ぬ気で守ってくれるだろうが、不安なものは不安で仕方がないのだ。

 すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。
 何度か深呼吸を繰り返して自分を落ち着ける。大丈夫だ、大丈夫だ。自らに言い聞かせれば、少しだけ気が楽になった気がする。


「い、こう」
「ああ」


 言葉が少し詰まってしまった。それが恐怖からか緊張からかは自分でもわからないが、少し恥ずかしい。
 決めらんないなぁ、なんて思っていると燿太にわさわさと頭を撫でられた。彼なりに心配をして、彼なりの優しさの表現。口元の震えは、止まった。青嵐が不服そうだが、まぁ仕方ない。

 ギィ、と扉独特の金属同士がこすれる音がする。部屋の中に篭っていた空気が扉の隙間から溶け出した。
 予想した通りにそこには数人の囚人たちがいた。そのすべての眼がこちらへ向けられて、少しだけ肩を震わせてしまった。

 ──と。


「……ゆう、せ」


 探し求めた、大切な人の名前を呼ぶ。黒い髪をした彼はサファイアのような目を見開いてこちらを見ていた。右頬に刻まれたマーカー以外は、確かに美咲が知る顔だ。
 まさか、最初に来た部屋で会えるとは思っていなかった。何部屋渡り歩けばいいのだろう、そんなことも考えていたというのに。

 いきなりの再会に美咲の脳はどうやらキャパオーバーしたらしく、まともな言葉が出てこない。
 やがて。


「っ、」
「いきなり泣くなバカ」


 容量の限界を超えてしまった脳はまともな命令を伝えることができず、美咲の瞳からはぽろぽろと涙が溢れ出す。燿太にバカなんて言われても、零れ出た涙を止めることはできない。
 泣いたのはいつ以来だったか。すぐに泣いていたような気もするが、全く泣いていなかったような気がする。思い出せないもどかしさを覚えるが今はそれどころではない。

 久しぶり──だと一応結論付けておく──に泣いたのが大切な、というよりも『依存対象』である人との再会だということに自分自身呆れを覚えてしまう。だが、それほど美咲にとって彼は大きな存在だった。
 周りの囚人たちが戸惑ったようにこちらを見ている。いい加減泣き止まなきゃ、ああでも、遊星、遊星、ゆう、せい。考えることすらままならない。
 混濁する思考に戸惑っていれば、不意に体が何かの暖かさに包まれた。


「……怪我は、なかったか」
「……ゆう、」


 彼に──遊星に抱きしめられているのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。理解した途端、混沌に包まれていた思考が晴れやかになった気がする。
 離れている時間はそう長くなかったはずだ。なのに酷く長く──それこそ一年、五年と離れていたような錯覚に陥る。あのジャックですら、離れていたのは二年だったというのに。
 遊星の腕の中で目を閉じながら、美咲は浅く浅く呼吸をして口を開いた。


「大丈夫、私は、大丈夫」


 泣いている私が言っても、説得力はないだろうけど。そう加えてみれば、遊星の口元が柔らかな笑みを描いた。

僕らが生きた世界。