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「……そろそろお前ら離れた方がいいんじゃねえ? 燿太が激おこプンプン丸だぜ?」
「なんでそんなに怒ってんの……」


 半ば呆れたように呟く青嵐の声に少しだけ震えながら美咲が応える。仕方ないな、と言いたげに遊星から離れて燿太の姿を見ると、確かに彼はつまらなさそうな顔をしていた。
 涙で濡れた頬を服の袖で拭こうとすると青嵐からハンカチを投げ渡される。ありがと、と小さくつぶやいてみれば燿太が更に眉間に皺を追加したがあまり気にしないでおく。

 ハンカチで頬を軽く叩いていると、まるでウニのような頭をした男が二人の近くに立つ。どこかで見たことあるような、と思い返す前に彼が口を開いた。


「お嬢ちゃん、ここはあんたみてえな女のガキが来るような場所じゃあねえぞ、女の監獄は……」
「あ、ごめんなさい、違うんです、私は囚人としてここに来たわけじゃ……」
「……違うのか?」
「うん、証拠にマーカー、どこにもついてないでしょう?」


 ほら、と遊星に顔を近づけてみる。遊星は確認のために彼女の顔をまじまじと見つめてみるが、確かにあの黄色い傷はどこにもなかった。
 内心遊星が安心していることに、美咲は気づいたのだろうか。それはわからないが、ね? と彼に笑ってみせる。

 実のところ、遊星は離れている間に考えていたのは美咲のことだった。
 彼女はもともとこちらで生まれ育った人間だったはずだし、不法侵入で訴えられることはないとは思うが、それでも彼女の顔にマーカーがついてしまうのがたまらなく嫌だった。
 遊星自身は不法侵入等で『社会不適合者』の証たるマーカーをつけられた。だが、だからこそ思う。あの激痛を美咲に味わってほしくないのは勿論のこと、……彼女の顔が異物によって穢れるのが、不愉快で仕方がなかった。その心配は杞憂に終わったわけだが。


「なら、何故ここに……」
「あー、えっと……そうだね、ここにいる人だけでも、挨拶しておこうかな……」


 とん、と軽快な足取りで遊星から距離を取る。離れるのはまた長い間離れてしまうようで少し怖かったが、その時は手を伸ばせばいい、と決心してそのまま離れた。
 一歩、二歩。地面を踏む度に鼓動が耳につく気がする。別に大それたことはしていないし、するつもりもないが、この人達の前で何かしら演説をしなければならないという事実が美咲に緊張感を齎している。

 囚人たちを見渡す。強面の男が多いが、気の弱そうな老人も混ざっていてなんだかちぐはぐだ。
 こんな人達を相手に何を話せばいいのだろうと少し疑問に思ったが、来てしまったものはしょうがない。目的を話すために、口を開いた。


「ええっと……特別講師? ってのを引き受けてここまで来ました、宝生 美咲と申します。
 あまり大層なことをいうつもりはありませんし、ここにいる皆さんよりも確実に年下ですけれど……よろしくお願いします」


 ぺこり、と年相応のようなお辞儀をしてみる。歓迎されないのではないかと思ったが何故か拍手が振ってきて、ほっとしたように顔を上げる。
 横の二人のことを説明するのも忘れていたので、一応「義兄です」と言ってみれば、納得したように囚人たちが頷く。
 そんな中、一人……先程美咲へ声をかけた、うにのような頭をした男だけは考え込むような素振りを見せていた。やがて何かを思ったように口を開いたが──。


「不動 遊星、取り調べの時間だ」


 そんな声に、彼の言葉はかき消された。美咲の脳内のサイレンがけたたましい音を奏でた──気がする。

僕らが生きた世界。