05
サイコ・コマンダーが放ったのは緑の光の輪。
その緑の光の輪に、俊足のギラザウルスと切り込み隊長が飛び込む。
やがてそれは一筋の光となり、弾けた。
「《XX-セイバー ガトムス》!!」
猛々しく現れた獣戦士。
纏うオーラは並外れたもので、少年は思わず息を飲む。
それでも――それでも、美咲は怪しい笑顔を浮かべるだけだった。
☆9
ATK 3100
XX-セイバー ガトムス。
数少ない攻撃力3100のモンスターにして、複数のチューナーで――この男はそうはしていないが――シンクロ召喚を行えるモンスターである。
勿論効果もこのカードには存在するのだが、デッキコンセプトを統一していない彼のデッキからその効果が飛んでくることは多分、あまりないだろう。
「行くぜえ! XX-セイバー ガトムスで天空魔女 リリスを攻撃だあ!!」
ソリッドヴィジョンに映し出されたガトムスがリリスを叩き切る。
リリスも持っていた杖で応戦するも――彼女は無情にも破壊された。
そして、その超過ダメージはルール通り――。
「……ッ!」
美咲のライフポイントへダメージを与えることとなる。
ガトムスの攻撃力3100からリリスの攻撃力1500を引いた1600のダメージが美咲のLPへ与えられたことにより、美咲のデュエルディスクにその数値を差し引かれたLPが表示された。
美咲 LP4000→1400
「……リリスの効果発動!
リリスが破壊された時、私はデッキからカードを二枚ドローする」
忌々しげな舌打ちとともに、慣れた手付きで美咲はデッキからカードを二枚重ねて引いた。
しかしそれを手札には加えず、ディスクの墓地とは違った空間に置く。
「更に今ドローしたカードを任意の枚数除外、×200のダメージを与える。
私は両方とも除外して、貴方に400のダメージを与えさせてもらう!」
LP4000→3600
――これで美咲もダメージアドバンテージを取れたわけだが、それでも美咲の不利には変わりない。
まだ2ターン目だというのに、相手フィールドには攻撃力3000以上の最上級モンスターがいる。
対して美咲のフィールドにはリリスが破壊されたため何も存在しないうえに、ライフポイントアドバンテージも男に取られている。
これを不利と言わずしてなんと言おうか。あいにく、この場にそれ以外の言葉を知るものはいない。
しかし美咲は酷く冷たく笑うばかりで、余裕すら感じ取れてしまう。
それが面白くないのか、男は小さな舌打ちをした。
「ターンエンドだ」
「この瞬間トラップ発動、《天界魔女の魔法陣》!」
ソリッドヴィジョンとして伏せられていたカードが仰々しく立てられる。
そのカードの縁は赤紫――すなわち、罠を表しており、その絵はリリスと不可解な魔法陣。
見たことのないカードばかり出てくるからか、男の眉が顰められた。
「《天界魔女》と名のついたモンスターが破壊されたターンのエンドフェイズ時に発動。
破壊された《天界魔女》を除外してデッキから《天界天使》と名のついたレベル4以下のモンスターを特殊召喚する」
墓地から出したリリスを先ほど送ったあの空間へと送る。
そして驚くことに――美咲はデッキを開くことすらせず、デッキの間から一枚だけカードを取り出してそれをディスクへセットした。
「天界魔女 リリスを除外、《天界天使 ミレイユ》を特殊召喚!」
カードと同じ魔法陣がソリッドヴィジョンに映し出される。
そこに浮かぶ光がいつしか人の形をとっていき――赤い髪の女性が現れた。
天使の羽を持ち、しかしどこか暗鬱な雰囲気を纏う彼女は、何処か異様にも見える。
☆4
DEF 2000
「……」
美咲は一度空を仰いだ。
シティの空とは違う、灰色の雲で濁った空。
そうして見ると、やはりここは"サテライト"なのだと実感させられる。もう、戻れないのだと。
やがて美咲は視線を落として、少年を見た。
その目はとても穏やかで、デュエル中の――今もデュエル中だが――美咲と同一人物とは思えないほど。
ゆっくり口を開いて、語った。
「ねえ、キミ」
「お……おれ?」
「うん」
声も明るみを取り戻し、寒気のするような冷たさがなくなった。
いったいどういうこと、と少年が考える間も無く、美咲は言葉を紡ぎだす。
「デュエル、好き?」
「……! うん!」
素直に漏れた言葉だった。
美咲はそれに満足したように満面の笑顔を見せる。
やっと、歳相応の笑顔を浮かべた――というところか。
「よかった。あのね、お願いがあるの」
「お願い……?」
少年は少しだけ首をかしげて不思議そうに美咲を見る。
小さく頷いた美咲は少年を真っ直ぐと見て口を開いた。
「私の戦い方を見てデュエルを嫌いにならないでね?」
「……?」
「私、こんなデュエルするから勘違いされるけど、」
蚊帳の外、となってしまった男達ですら美咲の話に聞き入る。
それほどまでに、美咲の話し方は他人を引き付けるものがあった。
美咲はそう意識しているわけではないのだ。ただ、彼女は心の底の本音を吐露しているだけで。KC社長の義娘としてではなく、ただの少女として。
誰も知らないことだが、彼女のその言葉は一種のSOSに似ていて、似ているからこそ、皆が聞き届けていた。
そんなこと露知らず、美咲は続ける。
「本当はデュエル大好きなんだ。相手をリスペクトするデュエルが、ね。
だけどみんな……私のデュエルを怖いっていうの。私のデュエルを見てデュエルを嫌いになる人もいた。
だから、私はキミにデュエルを嫌いにならないでほしい」
そう語る美咲の瞳は悲しげで。
憂いを秘めた表情に少年は同情に似た――しかし同情ではない感情を抱く。
「うん、大丈夫、嫌いになんてならない。
おれ、知り合いにデュエル大好きな人がいるから。絶対、嫌いになんてならないよ」
嘘も偽りもない、少年の心からの言葉だった。
美咲はもう一度だけ微笑んで、デッキに手をかけた。
「ありがとう」
瞳を閉じて、精霊達に呼び掛ける。
そして――
「――俺≠フターン!!」
彼女の瞳が真紅に染まり、変貌した――気がした。
("俺"も私なんだよ、怖いだなんて酷いと思ってた)(でも"俺"はいずれ"私"じゃなくなる)