06

「……はんっ、なんだ嬢ちゃん。一人称変えて、気取ったつもりか?」


 普段のものとは違う、形容するならば真紅の闇のような瞳を以って、美咲は目の前の男を見つめながら、嫣然と嗤った。
 その笑みは十三の少女にしては酷く妖艶で、文字通りこの世のモノ≠ニ思えないほどに、恐ろしい。
 しかしそれでも、まだ≠セった。美咲の心に巣食う過去の闇がその笑みを顕現させていた。それでも、まだ。まだ、足りない=B

 美咲はこの世界に生きる存在の鑑のような人間だった。人を敬い世界を愛し、そうして十三年間生きてきた。義父の立場上――そういう陳腐な理由ではなく、それが美咲という人物の本質だった。
 しかし、それだけではない。美咲はそうして生きると同時に、人を憎み世界を呪い、生きてきたのだ。彼女に存在する根深い闇は、人を嘲り世界を拒絶することで、美咲という人間を形成していた。

 その闇≠ェ作り出したこの笑みは美咲が憎む世界を嘲笑したもの。だが、これではまだ世界を嘲る様相を十分の一も表していない。
 世界を妬み、笑みを携えたまま、彼女は口を開いた。


「まぁ、確かに。こんな可愛らしいオンナノコの口から俺≠ネんて、似合わないかもね。
 だけど俺≠ヘ……そうだな、私≠フ手を煩わすこともないかと思って――」


 美咲はそれだけを語り、デッキに手をかけた。もう、あの嘲笑は浮かんでいない。

 フィールドには《天界天使 ミレイユ》の姿。そのミレイユは何処か退屈そうに、その背中に生えた羽を羽ばたかせていた。美咲が視線を送ると、ソリッドヴィジョンのはずのミレイユは困ったような、笑ったような、微妙な顔をした。
 美咲は苦笑いを浮かべて、手にかけたデッキからカードを引いた。


「ドロー。 このドローフェイズ、ミレイユの効果が発動!
 ドローしたカードが《天界龍》と名のついたモンスターだった場合、除外された《天界騎士》と名のついたモンスターを墓地に戻すことでドローした天空龍を特殊召喚する!」


 除外された《天界騎士》――?

 男は一度、頭を捻った。
 そんな名前がついたカードなど、このデュエル中――否、今まで聞いたことすらない。そもそも、美咲のカードは一枚も見たことも聞いたこともなかった。

 気付く。
 《リリス》の効果でカードを二枚ドローした後に、彼女自身の効果で除外しバーンダメージを与えたのだった。
 その時に除外したカードの中に天空騎士がいたのだろう、と男は推測する。そしてその推測は間違っていない。

 まるで男の思考が終わるのを待っていたように、美咲はディスクの中にあった――おそらく除外された――カードを墓地に送り、ドローしたカードをディスクに置いた。


「《天界龍 グランツ》を召喚!」


天界龍 グランツ
☆4
ATK 1800
チューナー


 きゅう、と鳴きながら薄桃色のドラゴンが現れる。その姿はなんとも愛らしく、攻撃力と姿が噛み合っていないようにすら思えた。
 ただしその姿はあまりにも朧げで、触れれば消えてしまいそう、と、少年の脳裏にそんな思いが過る。

 美咲はその姿を一瞥すると左手から手札を一枚引き抜いた。
 それをディスクにセットしたかと思えば、空いた右手の指を鳴らし、笑む。


「手札から魔法発動、《天界龍の咆哮》!
 フィールドに《天界龍》と名のついたモンスターが存在するとき、除外された《天界魔女》と名のついたモンスターを墓地に戻すことで墓地に戻したモンスターのレベル以上の相手フィールドのモンスターを除外する!」
「な……ッ!」


 男の顔が、歪んだ。
 除外耐性は勿論ガトムスには無い。そうなってしまえば男のフィールドには何も存在しなくなってしまうのだ。
 そうなってしまえば、壁がなくなる――つまり、自分のLPが削られてしまうのは明白だった。


「さて、ガトムスを除外させてもらうからな?」
「く……ッ」


 男は渋々といった様子でガトムスをディスクから外した。
 ソリッドヴィジョンに映されていたガトムスは消えていく。そこにいたという事実を完膚無きまでに消滅させたように、もうそこにはないもない。
 美咲は満足そうに破顔し、カードを一枚手に取った。


「《天界騎士 ジュリオン》を攻撃表示で召喚!」


天空騎士 ジュリオン
☆2
ATK 600


 光を纏い現れたのは、気だるそうに欠伸をする紫髪の騎士。
 槍を持っているものの、それをただ天に向けるだけで騎士ジュリオンはその場であぐらをかく。なんとやる気のない騎士だろうか。
 その目に宿る闘志には、誰も気づかない。


「まだ、終わらないよ?」


 えへへへ、と年相応――より幼く笑う美咲だったが、正直可愛さなんて秘めてもいない。
 嘲りを含んでいるわけでも、狂気を纏っているわけでもないのに――

 怖い。

 ただ、その感情だけが男を取り巻く。
 否、男だけではない。取り巻きと思われる他の男たちも、その場にいたあの少年も、美咲の笑顔に恐怖を感じたし、フィールドを埋めるソリッドヴィジョンのモンスター達からも――ジュリオンを除いてだが――あるはずのない殺気を振り撒いているようだ。


「レベル4ミレイユに、レベル4のグランツをチューニング」


 チューニング。
 それが意味するのは《シンクロ召喚》が行われるということ。
 チューナーモンスターと、チューナー以外のモンスターのレベルの合計を、召喚する《シンクロモンスター》のレベルに合わせる様からそう呼ばれた召喚は、デュエルにおいて戦局を大きく変化させるもの。
 何故なら、シンクロ召喚によって召喚されるモンスターは――


「 虚空に耀きし聖なる太陽
  暗黒を裁き星々を照らす
  夢幻を導き舞い降りよ!
   ――シンクロ召喚!!  」


 あまりにも、強力だから。


「幻想を穿(うが)て、《ファンタジアソル・ドラゴン》!!」


 その一瞬、空気が震えた。

僕らが生きた世界。