07

ファンタジアソル・ドラゴン
☆8
ATK 3000
シンクロモンスター


 現れたのは真っ赤な容姿を持つ龍だった。神々しく、光を纏うそれは太陽にも見えた。朧げで、それでいて強すぎる矛盾の存在感を、龍はこの場に放つ。

 否、仮にそれだけだとすればこんなにも驚くことはなかっただろう。
 しかし他のモンスターとは、明らかに違う。
 何が、と確実に定義することは残念ながら出来ない。というよりも、定義することすら憚られる、そんな感情が頭を過ったのだ。
 しかし男や少年は確実に――そのドラゴンに対して感情≠抱いていた。恐れを、怖れを、畏れを。

 そんな彼らの胸中を知ってか知らずか、美咲はただ淡々とソリッドヴィジョンに指令を与える。
 その様子を表現するなら、みながこう形容するだろう。

 冷酷――――と。


「天界騎士 ジュリオンでダイレクトアタック」
「ぐう……!」


 今のフィールドに男を守る壁は存在しない。存在していたものは、魔女が除外してしまったから。
 ジュリオンは気だるそうに剣を降り下ろす。その攻撃は他の誰に当たるでもなく、男に直撃した。


LP3600→3000


「……さて。覚悟は、決まった?」
「ま……っ待ってくれ……!」


 男は恐怖に怯えたように後退り、尻餅をついた。
 たったひとりの、しかも十三歳の少女に対してこの様だ。端から見れば異様としか言えない。
 しかし、そんな考えは対峙すると変わるだろう。この少女に、そんなくだらない一般常識は通用しない、と。

 ソリッドヴィジョンの、存在しないはずの威圧感。それをひしひしと肌に感じながら、男は情けなく美咲を見上げる。
 美咲は一瞬可愛らしく微笑み、言った。


「やだ、待たない。――ファンタジアソル・ドラゴン、ダイレクトアタック。穿て、フレイム・ファンタジア!!」
「う、わぁぁああああぁぁ!!!」


 ファンタジアソル・ドラゴンの攻撃力は3000。すなわちそれは、男のLPと同等。
 ソルが放つ炎を帯びた光の映像は、男を焦がす。
 それを一瞥し、美咲はデュエルディスクを収めた。
 美咲の瞳が悲しみと怒りと、それから過去への恐怖に揺れていたのは、誰も知らない。


男 LP3000→0


「……デュエル、終了、ってね」


 はぁ、とわざとらしくため息をついた。
 その瞳はまだ紅く染まっていて、美咲は一瞬右手で目を覆ったかと思うと、小さく口を開く。
 つまらなさそうに、それでも必死でその感情を押さえつけるように、苦言を噛み殺しながら、男を睨んだ。


「消えなよ。俺ら≠フ気が変わらないうちに」
「お……っ覚えとけえ!」


 何処かの漫画で出てきそうな捨て台詞を吐きながら男達は去っていく。
 美咲は「忘れとくわー」とケタケタ笑いながら、視線を少年へと移した。もう、怒りは込めていない。


「ごめんな、キミ」
「あ……」
「怖かったよな?」


 美咲のその問いかけに少年は首を左右におもいっきり振った。それこそ首が飛んでいってしまうかと思えるほどに。
 一瞬、驚いたように目を開けたかと思うと、美咲はありがとう、と小さく呟き――


「わ……!?」
「……っと、間に合ったか」


 美咲は後方へ倒れた。
 そのままだと頭を打ちそうだったが、それはいつのまにか帰ってきていた耀太によって免れる。
 少年が驚きを隠せないでいるうちに、耀太は器用に彼女をおぶった。
 その姿はさながら、本物の兄≠セ。


「大丈夫か、ガキ」
「あ、うん……」


 初対面の人物に対してガキとはあまりに失礼じゃないか――
 少年は頭の片隅でそんなことを考えた。が、彼には事実助けられているわけだし、その言葉が喉をつくことはなかった。

 何を言われるのだろう。
 びくびくしながら待っていると、耀太は驚くほどにやさしい笑顔を――美咲には普段から見せているが――浮かべて、少年の頭を撫でた。


「なら、いい。気をつけて帰れよ」


 それだけ告げて、耀太は踵を返す。
 少年は考えるよりも先に言葉を発し、耀太を止めた。
 何故そうしたのかは、少年にも分からない。分からなかったが、そうしなければならない気がした。
 まるで――運命に導かれたように。


「待って! なにか、お礼させてよ。おれ、あのままじゃどうなってたか……」
「……それは有り難いけどなぁ」


 苦々しい顔をしながら、耀太は振り返り少年の姿をまじまじと見る。

 決して身なりは良くない。予想していたことだが、流石はサテライト、といったところか。
 自給自足も満足にいかないであろうこんな小さな子どもが、服さえ満足に着れてはいないのだから。
 そんな子どもに出来る礼なんてしれているだろう。ならば、受けない方がいい。きっと美咲はこの少年に無理をさせたと、負い目に感じるはずだから。


「俺達は今から雨風を凌げる場所を探さなきゃならん。お前の好意は嬉しいが……多分お前にも余裕なんてないだろ?」
「雨風を凌げる場所?」
「家追い出されたんだよ。俺だけならまだしも、コイツを雨風に晒すのはな……」
「だったら!」


 少年は勢いよく言った。なんだ、と耀太は訝しげに少年を振り返る。
 灰色の空に、僅かな星が輝きだしていた。

僕らが生きた世界。