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 ――サテライト ゴミ捨て場にて


「たらららららーらーららららららーらーたららーたららーらーらー……っと!」


 サテライトに来る前とは少し違うフレーズを口ずさみながら、美咲はジャンクの山を踏みしめた。あの時と違うのは、美咲の年齢と、それに伴う見た目。
 あれから三年と少しが経った。十七歳となった彼女は、少女から女性へと変貌しつつある。身体的にも――精神的にも。
 美咲の中に巣食う闇≠ヘ相変わらずだが、それすらも揺るがす事件がこの三年と少しの間にあった。

 自分がリーダー≠ニ慕っていた者のテロ行為。
 自分が兄のように付いていた者の、裏切り行為。
 それらの事件は徐々に、しかし確実に美咲を変えていった。それが良い変化なのか悪い変化なのか、知る者はいない。

 ふと、美咲はしゃがみこむ。足元で鈍く光るネジらしきものを拾い上げ、ポケットに入れた。
 シティ時代の彼女を知っている人間からすれば、信じられない、と形容されてもおかしくない行為だ。
 ここはジャンク、つまりゴミの山。そこから物を拾うとは、それでも海馬コーポレーションの子か、と。
 しかしそれは、この地域――サテライトでは普通である。それがこのサテライトで生きる術だ。

 サテライト。
 ネオドミノシティを支える下級地域の名。
 十七年前、ちょうど美咲が生まれた数日後に起こった災害、ゼロリバースによってシティと分断された町。
 美咲は三年と少し前、家からサテライトへ移り住み、今へ至る。

 しばらくはあの少年に紹介された孤児院、マーサハウスで暮らしていたのだが、美咲も十七歳になったということで、今ではあの孤児院の住人で美咲と仲がよかった少年――否、青年と同居するという形で孤児院から巣立った。
 食べるものも、住むところすらも満足にはいかないが、それでも美咲はこの生活が好きだった。少なくとも、義父の周りにいる者たちから圧迫されていた頃よりは。

 義父は良い人間だった。傲慢だという人もいたがそれは彼の一面にしか過ぎず、義理の娘とはいえ居候である美咲には不自由させぬようにと配慮してくれた。
 故に、美咲は義父のウイークポイントとなってしまった。《伝説》と称される義父を陥れようとするために、美咲を利用しようとした人がいたのだ。

 元々弟思いの一面がある義父だったが、弟を陥れようとしても彼も今や海馬コーポレーションの重役を担っている。故に美咲に白羽の矢が立った。
 そのことに負い目を感じた美咲は部屋に引きこもりがちになり、結果圧迫された生活を送っていたこととなる。


「……これだけかなぁ、遊星が使えそうなのは」


 ほっ、と小さく声を出しながら軽々とジャンクの山を飛び降りる。
 着地に失敗し、ふらついたかと思えたが、それも一瞬ですぐに体勢を立て直して歩みを進めた。とんとんと軽快な足取りで目的の場所へ向かう。


「って、あれ。私のDホイールは……」


 一点で足を止めてしかめっ面。睨む地面にはタイヤ痕がある。
 どうしたものか、と美咲が唸っていると、美咲の隣に例の精霊二人が現れた。


「あれ青嵐、耀太。どうしたの」
『いやいや美咲、美咲ちゃん。盗まれてるって気づいてくれって、ねえ』
『だからあれほど鍵をかけておけと……』
「…………わ゛ー!!」


 精霊姿の青嵐が指を指し、耀太が呆れたようにため息をつくと、美咲は青嵐が指差した方を見て叫んだ。
 そこには美咲が所有するDホイール――デュエルディスクの発展系で、デュエルが可能なバイクである――を持っていこうとする男達の姿がある。
 こそこそと足音を立てずに歩く姿は泥棒そのものである。


「返せーぇ! それは十六歳の誕生日に父さんがヘリで贈ってくれたプレゼントだぁぁ!!」
『なんでそんなに分かりやすい説明を……おい青嵐、取り返してやれ』
『なんでだよ耀太がいけよ美咲バカだろお前』
『面倒だろ行きたかねえよ』
「どっちでもいいからさっさといけぇぇ!!」


 端から見れば精霊状態の青嵐や耀太は見えないので一人で叫んでいる悲しい女の子になってしまっている。
 当の本人達はというと暢気にじゃんけんを始めてしまった。その結果。


『いってきまーす』
『おう行ってこい青嵐、んで二度と帰ってくんな』
『後でぶん殴るぞ耀太』


 青嵐が行くことになった。
 至極つまらなさそうに、青嵐はDホイールの元へと飛んでいく。美咲の頬を不機嫌な風が撫でた。
 ふわり、とDホイールに座る姿は美咲にしか見えない。やがて蒼い光が青嵐を包み込み――。


「はいざんねーん」
「う……ぎゃあああぁぁああああああ!!?」


 光が弾けると、そこにはしっかりとした実態を持った青嵐の姿。
 勿論、精霊の青嵐など見えていない一般人にしては青嵐が急に現れたように見えるわけで、男が腰を抜かし叫び声をあげるのも無理はない。
 結局男達は青嵐にビビって逃げてしまった。

僕らが生きた世界。