愛の言葉なんてひとつもなかった
零くんは嘘をつくのが上手だった。
さて、いつだったか。とても優しくて、みんなのために「よかれと思って」無理をするのが常だった零くんに、私は惹かれていた。それがいつの話だったかは忘れてしまったが、無茶をする彼を近くで見守りたい、と思ったのが最初。
何の取り柄もない私の心は空虚だった。それを満たしてくれたのは他でもない、零くんだった。
付き合ってください、付き合ってください。告白したくても出来ない私は放課後の教室でぬいぐるみ相手にぼそぼそと練習していた。意気地なしの私はそれだけしかできなくて、机においたぬいぐるみに溜息。ああ、どうしよう。
そのまま机を突っ伏した。もちろん、その状態の私には誰が教室に入ってきても気づけない。
「真月、くん、付き合って……ください」
「はい、もちろんです!」
そういう返事がほしいな、来ないかな。でも無理だよね、私は小鳥ちゃんと仲がいいだけの、くっつき虫だ。真月くんがファンである九十九くんと仲がいいわけでもないし、目立った特徴もない私。そんな私を、真月くんが好きになってくれるわけなんてない。
しかし、リアルすぎる幻聴を聞いたものだ。真月くんのことが好きすぎて、私の記憶と想いがオーバーレイしちゃったのか。うーん、これでは日常生活にも支障をきたすのでは。だめだめ。こんな妄想真月くんに失礼だ。気合いを入れ直すために突っ伏した机から顔を勢い良くあげた。あれ、なんだか真月くんの幻覚まで見える。
「……わ、私、疲れてんのかな?」
「それは大変です! 僕待ってますから、少し休憩してください!」
なんで。なんでいるの。
おそらく私は今まで生きていた中で一番間抜けな顔をしているはずだ。そしてこの場面を思い返している今でも、これ以上に間抜けな顔をした覚えはない。
さっきまで頭に思い描いていた真月くんが目の前にいた。どうしているの、なんて聞いても答えは簡単だろう、だってここは私たちのクラスの教室、すなわち真月くんのクラス教室だから。大方忘れ物でも取りにきたのだろう。
それよりも、なによりも。この場において大事なことは真月くんがいることじゃない。さっきの言葉を聞かれたかもしれないということだ! 失態だ。あんなの聞かれては恥ずかしさで死んでしまう。おずおずと、目の前にいる真月くんに口を開いた。
「ええっと、……聞いちゃった?」
「はい?」
「きっ、聞いてないならいいの! 変なこと聞いちゃってごめんね」
「いえ。僕が聞いたのは、名前さんが僕に付き合ってくださいって言ったことだけですから!」
「――っ!」
確信犯? それとも天然?
間違いなく聞いていたんじゃないか! 叫びたかったが、もはやそんな声すらでないほど恥ずかしくて、その恥ずかしさは私の魂を燃やすようだった。むしろその恥ずかしさに燃やされてるから声が出ないと言ってもいい。そんな感覚に、私は意味もなく立ち上がったり座ったりを繰り返す。
どうしよう、聞かれた。聞かれてしまった。私の内に秘めた想いを。伝えるつもりのなかった恋を! 伝えて玉砕するのが怖くて、その勇気が出るまで練習して、それからきちんと告白しようと思っていたのに。
そこまで思案してようやく気づく。あれれ、さっきの真月くんの声はまさか。
「あう、そんな、まさか」
「どうかしましたか?」
「さっきのへんじは、しんげつくんが?」
「よかれと思って!」
何がどう、よかれと思ったのか。舌足らずに発せられた私のこえに、真月くんは笑顔で答える。その笑顔、プライスレス。
なんてふざけてる場合か! 夢か。そうか夢なのか。一人で納得してもう一度机に突っ伏そうとすれば、勢い余って机に激突した。ものすごく痛いので、たぶん夢じゃない。
ほんとうに、と聞き返せば、はい! と元気よく答えられた。この時彼は、心の中で私を嘲笑っていたのか。それとも、本当に喜んでいたのか。残念ながらそれを知る術は、ない。
†
これは私と零くんの記憶の中でも古い部類だ。その後、零くんが実はバリアンズガーディアン? とかなんとかで零くんは「真月警部」だということを聞いた。バリアンが何とか、私はよくわからなかったけど、とりあえず笑っていた。
九十九くんは遊馬巡査とか聞いたけど、ええっと、九十九くんに巡査は務まるのだろうかとか、なんで零くんは「真月警部」なのに九十九くんは「遊馬巡査」なのだろうとか、よく分からないことで悩んでいたような気がする。
それを知った後にネックレスを渡された。「私から君へ最初のプレゼント」と言われて、ああそういえば、私たちはプレゼントの贈りあいなんてしたことがなかったなぁ、なんてぼんやり考えていた。「私の想いは変わらない」、そんな言葉と共に渡されたネックレスを、私は毎日つけていた。どうやら零くんもお揃いを持っていたようで、零くんも同じようにネックレスをつけていた。
そしてそのしばらく後の話だ。彼の言葉を借りるとすれば「今明かされる衝撃の真実ゥ!」といったところか。簡単に言えばそうだな、零くんはバリアン――九十九くんの敵だ。
あれはたしか、数日間風邪で寝込んでいた私に零くんから連絡があった雨の日。話があります、と呼び出されて私が家から出た玄関先での話だった。
翳った世界の中、いるのは私と零くんだけ。遊馬くんと一緒じゃないの? そう聞けば、零くんは無言で笑った。
どうしたんだろう。真月警部としての彼も、真月 零としての彼ももっと明るいはずなのに。今はそんな雰囲気をまとわずもっと暗鬱とした――重々しい雰囲気を纏っていたのだ。
「名前さん、その……今までありがとうございました!」
「どうしたの零くん? そんな、改まって……」
「……」
「零くん」
聞き返せば、零くんは俯く。紫色が微かに曇ったように見えた。いつもと違う雰囲気の彼に私は、不思議と安堵を覚えている。
知っていたのだ、私はきっと。この先に明かされる、「衝撃の真実」を。いや、知っていたというのは正しくない。気づいていたというのが本当のところか。
「僕は――……真月 零≠ヘァ! もういねェよ!!
ふひゃヒャヒャヒャッ! 健気なことでェ!! お前が好きって言った真月 零≠ヘ! 全部! この俺! ベクター様の演じた空っぽの存在なんだぜェ!!」
「……零くん」
普段の穏やかな零くんは、果たして何処へやら。凄まじい表情を披露しながら、零くんは私へ叫ぶ。近所迷惑になるなぁ、なんて考えていられるくらいに、私は冷静だった。
ああ、私はどんな顔をしているのだろう? 零くんが零くんじゃないことに悲しんで泣きそうなのだろうか。それとも騙されていたことに憤りを感じて怒っているのだろうか。自分の感情が制御できない位に、私の心は虚ろだった。しかし私の表情は思い描いたどれでもなく、心と同じようなものだったらしい。
「あ゛ー……お前ェ、面白くねェ反応だなァ?
あ、それともあれかァ! 大好きな大好きな零くんがいなくなって唖然呆然竦然ってかァ!!
ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あぁ、そう考えりゃあ名前チャンの無表情も異様なまでに可愛く思えてきたぜェ!!」
ああ、そうか。私は無表情なのか。納得した。それなら私の心と同じだ。
零くんの顔で嗤う彼は、何が楽しくて笑っているのだろう。人が傷つくところを見て楽しむ、究極のサディストなのか。そう結論づけて彼の嗤いが収まるまで待っている。
気づいていた。そうだ、私は気づいていたのだ。彼がこういう残虐な一面を持っていることも、私に隠し事していることも。そういう零くんを、私は。
「ぎゃはははははははははは! 最ッ高だなァお前! なぁ、その惚けた面ァ! もっとこの真月 零≠ノ――」
「零くん」
「……あ?」
今できる、最大の笑顔で。
彼は怪訝そうに顔を歪めた。そうだね、サディストなら、さも「傷ついていません」なんて顔見せてほしくないだろうし、ね。
だけど、ごめんね? 私、傷ついてなんかないんだ、きっと。元々空っぽの心は、傷つかないんだ。違う。そうじゃなくて、私の心を満たすのは零くんだから、零くんの言葉は全部私の心になる。だから君がいくら私を傷つけようとしたって、その傷すら私の心になってしまうのだから。
「好きだよ。君が私をどう思っても、私は零くんが――ううん、君が好きだよ。真月 零≠ネんて上っ面だけじゃなくて、君が」
「……けっ。つまんねェ女」
それが彼の――真月 零、そしてベクターの、私に向けられた最後の言葉だった。
それきり、彼は姿を消した。九十九くんや小鳥ちゃんに聞いた話だと、よくわからないけど、やはり彼は九十九くんを裏切ったのだ。裏切りというには凄絶過ぎる気もするけれど、とにかく零くんは、最初から九十九くんをはめるために、九十九くんのファンを装っていたのだ。
そういえば、私は零くんから好きだとか、愛してるだとか聞くことはなかったな。果たして彼は、私を好きでいてくれていたのだろうか。それを知ることは、多分彼が戻ってこない限り永遠にない。
ただ思うのは、彼はやはり何処までも真月 零≠セったということ。優しかったのだ、根底は。だってそうでしょう?
一度も愛の言葉を吐かなかったのは、それが嘘であれ本当であれ、別れる時に私に希望を抱かせないために。彼がベクターだということを私にバラしたのも、私が何も知らぬまま真月 零≠待ち続けることがないように。揃いのネックレスを渡し、壊さなかったのは、それでも私たちの時間が嘘で無かったと証明するために。
小鳥ちゃんにそれを言ったら否定されたけれども。私はその想いを抱いて歩いていける――それだけで私は、零くんを好きでいれてよかったと思えるのだ。
愛の言葉なんてひとつもなかった
(だって最後のあの日にも、彼は嗤いながら泣いてたのよ)
Title…確かに恋だった
2014.01.29 執筆