神出鬼没な恋人

 あいつは学校には来るものの、授業に出ることは稀だった。
 神代 凌牙。一時期は札付きのワルなんて呼ばれていた、通称シャーク。
 ちょっと前に一年生の九十九くんに負けた後は学校に来なくなるし。かと思ったら普通に登校してくるわ、WDC出るわで、周りが予期しない行動に出るものだから困ったものだ。

 彼の双子の妹、璃緒ちゃんが退院してからは彼の行動は少し落ち着いた。
 璃緒ちゃんはとても可愛くて、だけど美しい女の子だ。
 そんな璃緒ちゃんという妹がいる彼の彼女になれたのは……奇跡だと思ってる。

 告白したのは私だ。
 札付きのワルと言われてた時からずっと好きだった凌牙に、付き合わないとワンキルする、と脅したところ『普通に告白出来ねえのかてめえは』と半ば飽きられながらも、OKを貰った。
 ついでに言うと、凌牙相手にワンキル出来る気はまったくしない。

 なんだかんだ言って、凌牙は最後には私の所へ戻って来てくれる。
 流石に入院した時は、怒ったけど。しかも九十九くんも隣のベッドで入院してるし。

 どちらにせよ、もうぐれていた頃の凌牙はいなかった。
 煩わしい、なんていいながら、璃緒ちゃんや九十九くんたちと過ごすのを楽しんでた。
 もちろん、私もだ。凌牙が安らげるあの空間が大切で大好きで、この場所を守ろうって決めていた。
 たとえ凌牙がまた道を踏み外しても、戻って来てくれると信じて。

 今回だってそうだ。
 あなたはずっと神代 凌牙で、また絶対、ここに戻って来てくれるんだって、信じてた、のに。


「……りょうが」


 紫色をした人ならざる者に向けて、私は小さく言う。
 バリアン。人間世界を壊そうとする別世界の存在。
 凌牙と璃緒は、バリアンだった。少なくとも、私と彼らが初めて会った頃には既に。記憶を取り戻したのは、最近らしいが。
 嗚呼、まったく皮肉なものだ。凌牙は九十九くんと共にバリアンと戦っていたというのに。


「……すまない、名前」
「……」


 謝るくらいなら、バリアンという立場を捨てて。
 また私の所に戻って来て、笑ってよ。
 そんなこと言えなかった。凌牙は優しいから、本当は苦しんで苦しんで、考え抜いた結果なんだ。
 凌牙がいないと、バリアン世界は滅びてしまう。優しい凌牙は、そんなバリアン世界を見捨てることなんて出来ないの。


「……ふ、Wを屠ったのは……凌牙?」
「……今の俺は、ナッシュだ」
「……そ、なの」


 Wは知らないだろうけれど、凌牙はWと仲直りしたいと、言っていたんだ。WDCの後から、ずっと。
 私はよく知らないけど、璃緒ちゃんの怪我にはWが深く関わってて、それでも仲直りしたい、って。
 クラゲ先輩とかいう人と戦って、Wとタッグ組んだって、穏やかな顔で語るくらいに。

 でも、そんなWを、凌牙が屠った。
 戻れないんだな、と、ようやく気付いた。
 Wを屠ることで、凌牙は後戻りの道を絶ったのだ。
 Wを殺してしまった以上、もう後戻りはできない。


「……凌牙、は、そういう人だもの、知ってた」
「名前……」
「……ね、凌牙。私ね、だめだ。凌牙も、璃緒ちゃんも、いなくなるなんて、やだ」
「いなくなるなんて、俺がいつ言った……!」
「ううん、言ってない、けど。バリアン世界を救うためには、人間世界を壊さなきゃ、ならないのでしょう。
 だったら、私は生きられないよ。凌牙も、璃緒ちゃんとも、離れ離れ。地獄から、死なない凌牙を、見守るの」


 何が言いたいんだろう。
 自分でもわからないから、凌牙はもっとわからないよね、ごめんね。
 だけど、言うしかなかった。

 私は、九十九くんを裏切れない。私が九十九くんを裏切ったら、凌牙は本当の意味で九十九くん達と和解できなくなっちゃうから。
 でも、だからって、凌牙の敵にはなれないよ。だから、だから凌牙。


「私と、デュエルしよ、ね? 最後の、最期のデュエル。ワンキルなんて、出来っこないけど、ね」
「なん……」
「私、死ぬなら、凌牙の手で死にたいよ。他の誰かになんて、殺されたくないの。それが璃緒ちゃんでも。
 ねえ、凌牙。今は、今だけは。ナッシュじゃなくて、神代 凌牙として、私を葬って。
 Wと二人で、地獄で待ってる。1年でも、10年でも、100年でも、それより長くても、待ってるから」


 Dゲイザーが視界を変えていく。
 神代 凌牙の左目にはDゲイザーは無くて、赤く変質した瞳が悲しげにこちらを見つめていた。
 ごめんね。ごめんね凌牙。私を殺して、道を完全に絶って。


「……名前。お前をWと二人にするのは気に食わねえ。だから……戦いが終わったら、すぐに俺もそっちに向かう」
「凌牙、愛してる、だから、頑張って。味方になれなくて、ごめんね。
 地獄に来るのは、当分先でいい、よ。浮気なんてしないから、ね、神出鬼没な凌牙に驚かされるのは、もう、ずっと先でいいから」
「……次会ったら、その時は」


 言葉を全て聞く前に、ディスクが展開する。
 世界を閉ざす起動音が、聞こえた気がした。


神出鬼没な恋人
(次会ったら、二度と消えない)(その次はいったい、いつ?)



2014.03.02 執筆
Title…反転コンタクト
僕らが生きた世界。