絶望と踊る深夜のワルツ
「オイ」
腕に繋がれた鎖がジャラリと鳴る。音を鬱陶しく思いながら振り返ればそこにいたのは邪道皇と名高い隣国の皇帝、ベクターさま。
光の差さないこの部屋で扉越しに見る彼はとても機嫌が悪いようで。まったく、この一帯を手に入れた貴方が、何をそんな不満に思うことがあるのか。
「……何でしょう」
「いつまでぼさっとしてやがる。帰るぞ」
「帰るって、」
何処にですか、そう紡ごうとしたのに声は途切れた。殴られたのだ、剣の柄で、筋肉質な皇の、全力で。
ああ、まったく、巫山戯たことをしてくださる。仮にも私はこの国の王女で、一応一国を治める立場にある人間だというのに。
口の中が切れたのだろうか、鉄の味が広がる。じわり、口内を犯していく味は、守られて育てられてきた私にとっては未知の味で、ああ、なんと気持ち悪いことか。
「なにふざけたことを言ってやがる。俺の国に決まってんだろうが」
何も決まってなんかいない。私のいるべき場所はここだし、皇子とあったことも正直言って片手で数えられるほど。そんな私が何故、皇子の国へ?
そんな疑問を口にしかけたが、止めた。ここで留めておかないと、私はきっと皇子を捲し立ててしまうだろう。なぜ――何故国民を全て殺したというのに私のみを生かせ、そして国へ連れ帰ろうとするのか。
亡ぼした国の王女など、一銭の価値もありはしないだろうに。
かつりかつりと、皇子が私へ歩み寄る。またぶたれるのかと身構えたが、どうやらそうではないらしい。
ばきんっ、凄まじい音を立て鎖が破壊される。……こんな力で私はさっき殴られたのか。口の中が切れただけで済んだのは幸運だったのかもしれない、なんて考えが浮かぶと同時に切れたらしい場所がじくりと痛んだ。幸運なんてとんでもない、痛い。
「立て」
「っ、」
逆らえばまた殴られるだろう。本当は国の仇になんて従いたくなんてないが、逆らったところで事態が好転するわけでもない。
取り敢えず立ち上がる。渋々、といった態度が気に食わなかったらしく眉を顰められたが、幸い、殴られることは無かった。
……あくまで、殴られることは、だ。結論から言えば殴られはしなかったが髪の毛をひっつかまれた。ぶちぶちっと頭の中で音がした。ああ、何本か抜けたのだろうか。
「っあ、」
「来い」
強制的に引っ張られ、私の足は外へと向かう。監禁されていた私にとって数日ぶりの外。目を刺激する光は普段と変わらないはずなのに酷く眩しく感じたし、監禁されてたせいで筋力も落ちていたのだろう、歩くことすらままならない。
そんな私のことを気にもかけず、皇子はズカズカと廊下を歩く。勿論、私の髪の毛を引っ張ったまま。途中、見慣れた兵士の死体があって、叫び声をあげかけた。
「見ろ」
ついたのは国が一望出来るいつものバルコニーだった。ここから見る国の景色は、だいすきだ。民は笑顔を向けてくれるし、気分が落ち込んだときはここにくると、なんとなく、元気付けられていた。
そんな景色が、亡ぼされたこの国にあるわけがなくて。
髪の毛を離され、バルコニーに放り出される。瞳に映ったのは、変わり果てた国の姿だった。
「……ッ!」
「ひひっ、……そう、その顔が見たかったんだよ」
深夜の暗闇の中にぼうっと浮かぶ、国を焼き尽くす炎と血塗られた光景に愕然とする。
心の中では、この惨劇を嘘だと、信じていたのかもしれない。絶望が胸中を覆って、凄まじい吐き気がした。
口元を覆って顔を伏せると再び髪を引っ張られ、無理矢理見せつけられる。この、邪道皇は。
「こんな国にいる意味もねェだろ、名前」
「……私の名を呼ばないで……っ」
「あァ? ……まあいい。どうせこの国も終わる。テメェももう王女の地位は失って……俺を頼るしかなくなるんだからな」
「……どういう、」
「テメェの顔を希望に染めるのも絶望に染めるのも俺の自由っつーことだ」
けらけら、笑う皇子が酷く怖かった。
最後に彼は口元に歪な弧を描いて――そこを最後に、私の意識は途切れる。
絶望と踊る深夜のワルツ
(沈む意識の中で聞いた声は)(哀しく甘美なワルツのようだった)
2014.10.09…執筆
Title…Discolo